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第10話

 階段を降りて建物を出ると、駐車場に黒焦げの残骸が出来ていた。驚いて近寄る。どうやら車が爆発したようだった。若葉がショッピングモールへ侵入する際に、一台だけ停まっていた車があったことを思い出す。恐らくそれだろう。骨格だけが黒く炭のように残る中、どうやらその中に死体が一つあるようだった。ほぼほぼ骨しか残っていないが、恐らく状況的に『ブルー』の者だったはずだ。

「『ブルー』の奴は全部で二人だと思っていたけど……もう一人いたんだ」

 恐らく車を使って離れようとした『ブルー』の者が、仕掛けられた爆弾によって車ごと爆破されたのだろう。そして爆弾を仕掛けたのは、きっとあの新興組織の赤い少女に違いない。

「三人いたんじゃあ、あそこで『ブルー』の子を殺せていたとしても……結局私は殺されていたのかもね」

 ……やはり、自分は無力だ。

 若葉は車の残骸から顔を背け、駐車場を走り出した。鈍い感触の残る腹の違和感に目を瞑り、崩壊したコンクリートの上を駆ける。その間も浮かぶのは、文樺の死に顔だ。

(私は文樺の守護者でありたかったのに、全然そんな器じゃなかったってわけだ)

 いつでも彼女を守り、導く存在でありたかったのに。『ブルー』と敵対すればするほど、自分にそんな力はないと嫌でも身に染みてわからせられる。彼女の笑顔を絶対に守るといつだって胸に刻んでいたのに、結局気持ちだけの能無しだったんだ。若葉は走りながら、唇を噛んだ。

 若葉は駐車場を抜け、そこから大通りへと出た。しばらく進んで小道へと曲がり、長い坂を上り出す。どんどん急勾配になっていく坂を、若葉は息を切らして駆け続けた。やがて開けた場所に辿り着き、足を止める。若葉がいる高台からは、陽の当たる街を一望出来た。人も建物も小さく、まるでミニチュアのようだ。その上に広がる一面の空と白い雲の下で、小さい人形たちはどれも健気に生を営んでいた。

 若葉は目を凝らし、砂粒の中から金を探すように、じっと街並みを見下ろした。この辺りに詳しい地元の人間なら、ここは眺めのいい場所として一番に名のあがるようなスポットだ。この場所から街全体を見下ろし、あの目立つ赤い制服を探そうという目論見だった。

(諦めるわけにはいかないの)

 まるで子供を嗜めるように忠告していた少女の顔を思い起こし、若葉はきゅっと唇を結んだ。

(私が文樺のために出来ることは、もう復讐だけなんだから)

 無力は無力なりに、必死に足掻いて出来ることをするだけだ。自分の不甲斐なさを知ったところで、それは諦める理由にはならない。若葉が諦めたら、文樺の悲しみや苦しみ、悔しさや怒りを誰が拾えるというのか。文樺への行き所のない莫大な感情、そして底の無い喪失感とともに、文樺が隣にいた日々をすべて無かったことにして過ごしていけというのか。文樺を殺して今ものうのうと活動している『ブルー』の者達を、野放しにして許せというのか。今の若葉にとって、それは出来ない選択だ。

 学校は既に授業を開始しているらしく、街や通りにセーラー服の姿は見えなかった。点々と見えるのは、薄群青色の『ブルー』の制服、そして黒白のフリルに包まれた『ラビット』の制服。それに混じって『不可侵の医師団』の白い制服も僅かに見える。しかし、なかなか赤い制服は見当たらなかった。

(この辺りで二人も制服姿の子を見たんだから、アジトも割と近くにあるはずなんだけど)

 登校時に赤い制服の人間とすれ違った小道へと視線を向ける。大通りから逸れた薄暗く細い道は、通っている人間など誰一人としていなかった。……いや。若葉は身を乗り出した。

(見つけた!)

 注視した小道の先を、丁度抜けようとしている者がいた。赤い制服、黒い髪。……恐らく先程まで若葉と話をしていた少女だ。

 若葉は一応頭を低くして、身体を縮めた。手前の木々の葉先に隠れるようにして、そのままじっとターゲットの行く先を目で追う。彼女は辺りを警戒している様子はあったが、流石に高台から観察されているとは気付いていないようだった。迷いのない足取りで、どこかへと進んでいく。恐らく、彼女の属する組織の本拠地だ。

(ふうん、あそこにそんな小道があるんだ。その先には……へえ、あんなに大きな建物があるなんてね)

 『ブルー』のナワバリからも、『ラビット』のナワバリからも距離を取っている区画だった。小道が入り組んでいる先、大通りからは離れ、人通りも少ない場所。そのようなところに鎮座するには不釣り合いな、立派な建物が隠れていた。奥まった立地は実際に付近を歩いていたらわからないだろうが、上から見ると筒抜けである。

 しばらく凝望していると、少女はその建物の中へと入っていった。当たりだ。

(あそこがあの子達の組織のアジト)

 場所がわかれば、あとはすることは一つだ。

(さてと。行きますか)

 若葉は隠れていた体勢を解き、背筋を伸ばした。再度目的の場所へと目を向けたあと、坂道を下へと駆け出した。

(何が何でも、入れて貰わないと)

 今の若葉には、復讐しか残っていない。そして組織へ入ることは、復讐への第一歩だ。同時に、若葉には予感があった。あの組織ならば、『ブルー』を壊滅させることも、夢ではないと。文樺の復讐を、完遂出来るのだと。若葉は坂道によって勢いづいたまま、風を切っていった。新たな目標に向かって走る一人の少女を、どこまでも広い青が見下ろしていた。




「ねえ、私を組織に入れてよ!」

 建物の前に立つ門衛に門前払いを食らった若葉は、出入りする組織の人間へとターゲットを変えた。門の前へと現れる度に、一人一人に声を掛ける。

「私、役に立つよ! ……ああ、そこの君! 私を中へ入れてくれない?」

 皆顔を顰め、迷惑そうな表情で無視を決め込み足早に去っていく。何回目か分からない見事なスルーっぷりに、若葉は伸ばしかけていた手を引っ込めた。遠くなっていく背中を、名残惜し気に見送る。

(……でも、誰も私を殺さないんだね)

 ショッピングモールの時と同じだ。ここが『ブルー』か『ラビット』だったのなら、少しでも五月蠅くすれば容赦なく殺されているだろう。

(意外と腑抜けの集まりなのかな? 『ブルー』に匹敵する組織だろうって思ってたのに……見込み違い?)

 そんなことを考えていると、門の奥から新たな人影が現れた。若葉はぱっと顔をあげ、そちらへ口を開きかけた。しかし相手の顔を見て、言葉を発することなく口を閉じた。目の前には、仏頂面の少女が立っていた。小さい背丈、艶やかな黒髪のおかっぱ、切り揃えられた前髪から覗く重い瞼。ショッピングモールで会った者だ。……そこはかとなく、怒っている気がする。

「全く……どうやってここまでつけてきたんですか?」

 ため息交じりに、低い声色で告げられる。若葉は思いの丈を伝えるように、真剣な顔で訴えた。

「諦めるわけないでしょ。……ねえ、君達の仲間に入れてよ。そっちにとっても悪い話じゃないでしょ」

 再度ため息をつかれる。それでも若葉は引き下がらなかった。

「私、『ブルー』の奴を誰よりも殺してみせるよ。『ブルー』のトップ……縹だって、殺してみせる。誰よりも活躍して見せるから」

「……本気ですか?」

「本気だよ。文樺に誓う」

 揺るがない瞳を見つめ、赤い制服の少女は一度困ったような顔をした。そして、ゆっくりとその瞳を伏せた。

「……貴女が門前で騒いでいると、建物中で話題になっていてですね」

 彼女はそう言うと、瞳を開いた。同時に、両手が真っ直ぐと上げられる。彼女の手には、銃が握られていた。その銃口は若葉の胸へと向けられて、ピタリと止まった。

「これ以上騒がれて、『ブルー』や『ラビット』の奴らが寄ってくると困ります。そもそもここの場所を知られた以上、貴女を殺すしかありません」

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