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強者は負けた時の事を考えて戦う


俺が”長”になるためにクラスメイトに提案したものは、たった一つだけである。


「野外学習でキャンプファイヤーをやる。出来なかったら、長を降りる。」


かつては、この学校の野外学習といえばキャンプファイヤーが定番だった。だが、昨今では「危険」「自然破壊」といったイメージか先行し、姿を消していた。


そんな中、「俺が交渉してキャンプファイヤーを復活させる」と宣言したところ、驚きながらもクラスメイトたちは「それなら……」と受け入れてくれた。


それがまさか橘 寧々に止められる宣言をされるとは微塵も思っていなかった。



――

「……どうするか」


「まずなんでキャンプファイヤーを行おうと知っているのか、それが嫌な理由はなんだ」


心の中で問答を繰り返していると、


「それでは、野外学習の話を進めさせてもらう。進行は、生徒会がさせていただく」



会議室に響いたのは、三年生徒会長・古川の声だった。隣には副会長・河合と書記・久我が並ぶ。



俺の頭の中が整理できずに始まってしまった。



議事が淡々と進む中、涼香が要所を押さえてくれるのを信じ、俺は自分の思考の海に潜った。



開始から一時間ほど、今回の長たちの初仕事 野外学習時の「学年出し物」について話し合いが始まった。


「クラス対決でも、全クラスで仲良くなる催しでも構いません。何か意見はありますか?」



――

さあ試合開始だ。



「1年1組の柊だ。よろしく。俺からいいか?」


こういう場では、誰もが様子見をして発言を避けがちだ。


だが最初に提案した案が、そのまま全体の方向性を決めてしまうことも多い。


だからこそ、俺は迷わず口を開いた。



「俺は、一年生全体の仲を深めるためにも、キャンプファイヤーが良いと考えている」



場が、すっと静まる。


「6月の野外学習の時点では、まだクラスメイト全員の名前を覚えていない人が多いだろう。キャンプファイヤーは準備に時間がかかる。それこそが、仲を深める時間になる。

そして本番、皆で囲んだ炎に──一年生の一体感が、形として現れると思うんだ」


数名の生徒が「おっ」と顔を上げた。──手応えあり。


「なるほど、クラスメイトだけではなく全体の一体感も表せるか。それは素晴らしい。他何か意見がある者はいるか?」


キャンプファイヤーなんて甘美な響きを聞いてしまったら、ほとんどがキャンプファイヤーを行っている自分たちを想像をする。


そうするとどうだろうか?


「………なんて青春なんだ」


脳内で再生されたその光景に、心を動かされた者も多いはずだ。



それこそが俺の狙いであり、この教室に教員がいないことにより否定的な意見が出にくいことも計算済みだ。


風向きは完全に俺に向いていた。



――

だが簡単に逆風が吹く。


「はい、1年2組橘寧々と申します。よろしくお願いします。 

 私は――クラスとの仲を深めることに専念した方がいいと考えています。」


その声が響いた瞬間、空気が一変した。

まるで誰かが会議室の窓を開けて、冷たい風を吹き込んだようだった。


「確かに、学年全体の交流も大切です。ですが、柊さんがお話されたみたいに、まだクラスメイトの名前すら分からない状況です。だからこそ、まずは身近な人との関係を深めることが先決ではないでしょうか」


──想定内の意見だ。

だが、彼女が意見をすると否定しにくくなる性分のため、非常に困る。


そう手を挙げるのをためらっていると、


「い、いいでしょうか。1年5組の園田香りと言います。私も橘さん側です。 キャンプファイヤーが嫌ではなく、現実的に難しいことに準備時間をかけるのはちょっと……… 

それならクラスメイトとの仲を深める時間を設けてくれる方が……いいかなって、すいません……」


「全然大丈夫ですよ園田さん、発言ありがとう。生徒会長の私の意見としては、実現不可案件に時間を費やすことは、定期テスト前で反感を買う可能性は確かにあります。 そしてそれがクラスとの亀裂を生む可能性もゼロではない」


「・・・」

「・・・」


流れが変わった――完全に。


冷静になれば分かることだが、いまはまだ、他クラスとの繋がりが薄い。そんな中で大風呂敷を広げた俺の案は、格好の標的だった。


もう少し、涼香と連携を取っていれば……と、後悔がよぎる。


でも、ここまでは想定の範囲内だ。



俺は、再び手を挙げる。


声に、少しだけ力を込めて。



「……正直、キャンプファイヤーは俺の夢だった。高校生になって、皆で炎を囲んで、騒いで、笑う。そんな“ザ・青春”を、やってみたかった」


一瞬の静寂。


「……でも、それが独りよがりだったのかもしれない。申し訳ない」

「ただ、野外学習って、あれだけ開放的なイベントだ。

 だったら──一年生全体で交流できる時間も、やっぱり必要だと思う」


「だから、夜に他クラスとも話せる自由時間を設けられないか? 範囲を決めて、安全面を確保すれば、準備もいらない。ただ、夜の空気を共有する。それだけで、きっと特別な時間になる」


園田が、はっとしたように口を開く。


「そ、それなら準備も要らないし、夜の雰囲気も楽しめそうですね!」


さっきまで否定的な園田が前向きになった。


会長も頷く。


「とてもいい折衷案だね。危険性も減るし、実現可能性も高い。じゃあ、出し物はクラスごとで仲を深めるもの。そして夜に自由時間を設けてクラスの垣根を越える──これでどうかな?」


他クラスも、うんうんとうなずいている。


ランは、いやらしいこと考えるんじゃねーぞって口パクでいってくるあたり、俺がエロいことするために夜の自由時間を作ったと考えている。全く………



夜の自由時間か――いいな。



そこからは、具体的に仲を深める催しについて話し合った。

一つの方針が決まると、会議もより活発になる。発言していなかった者も前のめりに話し始めた。


俺としては、妥協点の着地を迎えたと思っているため、これ以上波風立てないよう、涼香にバトンタッチをして、又思考の海に落ちる。


――

「前回は、俺とランの二人でごり押しでキャンプファイヤーにこぎつけた。みんなに魅力ポイントを羅列し、イメージさせることで他意見を考えさせなかった。」


「今回は、橘寧々に風穴を開けられ、バッドポイントの穴を広げられてしまった。」



「        狙いは、何だ?         」



いくら考えても見えてこない。


真っ暗な深みに足を取られ、底知れぬ闇へと沈んでいくようだった。


だから、視点を変える。


冷静に、今回の自分の立ち回りを振り返る。


今回俺は、最初に発言することで流れを作った。


意見を出しにくい空気の中で口火を切り、皆に「キャンプファイヤー」のイメージを植え付けた。


だが、そこで現れたのが、橘 寧々だった。


寧々の反論が空気を反転させた。


その流れに、園田の「準備が大変」という現実的な意見が乗る。


ならばと、俺はその不安を丸ごと潰す折衷案を提示した。


結果──火は消えなかった。



「……火種は、残った」


後は、いつ火をつけるかだけ。



(――まあ、キャンプファイヤーは、まだ諦めてないんだけどね)


思わず口元が緩みそうになったのを、必死に抑える。


この場で、にやけ顔なんて見せるわけにはいかない。


次の一手は、もっと効果的に決めるために――



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