学生最後の戦い
冬が近づく放課後。
半袖だった制服は長袖へ変わり、
吐く息は、かすかに白くなる。
登下校の生徒たちの首元には、
少しずつマフラーが増え始めていた。
雪はまだ、降っていない。
年に数回しか雪が降らないこの地域では、
その日だけで学校中のテンションが上がる。
雪が降ると、いつも思い出す。
寒いはずなのに、
体の奥から熱くなる――
学生最後の祭りを。
長祭を。
――
「若林先生。今年の企画、本当に大丈夫ですか?」
職員室で書類をまとめていた若林は、顔を上げた。
「……大丈夫ですよ」
「ほんとですか?」
隣の教師が苦笑する。
「顔、だいぶ追い込まれてますけど」
「まぁ……」
若林は肩をすくめた。
「アンケートも配りましたし。
ヒントは、ちゃんと集まってます」
「アンケート?」
「ええ」
若林は机の端に置いてある紙束を軽く叩く。
『高校生活で印象に残っている場所』
「三年生に聞いたんですよ」
「へぇ」
「思い出の場所って、だいたい似てくるんですよ」
窓の外を見る。
校庭でボールを蹴る生徒たち。
笑い声。
「でも、たまに面白い答えを書くやつがいる」
若林は少しだけ笑った。
「その場所を見れば、
その子がどんな高校生活を送ってきたか分かるんです」
別の教師が腕を組む。
「なるほど……」
「それを使うんですか?」
若林はコーヒーを一口飲んだ。
「ええ」
少し間を置く。
「せっかく三年間過ごした学校ですから」
「最後くらい、
ちゃんと思い出してもらおうと思って」
隣の教師が小さく笑う。
「ただの文化祭企画にしては、重いですね」
若林も笑った。
「文化祭って、そういうものでしょう?」
窓の外を見ながら、ぽつりと言う。
「三年間の集大成ですから」
その時、若い教師が窓の外を見て言った。
「もうこの季節ですかぁ~」
校庭の端で、落ち葉が風に舞う。
「早いですよね」
隣でコーヒーを飲みながら、頷いた。
「ついこの前、あの子たち入学したばかりだった気がします」
「毎年それ言ってますよ」
「毎年思うんですよ、ほんとに」
軽い笑いが広がる。
「そういえば」
一人の教師が思い出したように言う。
「若林先生のクラス、今年の長祭は柊と橘でしたよね?」
「そうですよ」
若林は、書類をまとめながら答える。
「柊は一年からずっとやってますし、橘も二年から経験ありますから」
「今年はすんなり決まりました」
「三年の長って、揉めますよねぇ」
「みんな本気ですからね」
「ああ……」
若林は遠い目をした。
三年のクラスを受け持つと、
毎年どこかで必ず起きる。
“お前じゃ任せられない”
“勝ったら俺たちのおかげ”
“負けたらお前の責任”
阿鼻叫喚。
青春という名の、
ちょっと汚い戦い。
「だから去年から、柊たちにやらせてたんですよ」
若林は小さく笑う。
「適性ありそうでしたし」
「なるほど……」
「先行投資ですね」
「正解でしたよ」
若林は胸を張った。
「まぁ」
別の教師がふと思い出す。
「うちのクラスも、今年は負ける気しないですけどね」
「……ああ」
若林が少しだけ笑う。
「二組ですよね」
「あの子たちです」
一瞬、空気が変わる。
「柊と橘」
「ランと涼香」
教師たちは、
お互いの顔を見て小さく笑った。
「面白い組み合わせですね」
「ええ」
若林はコーヒーを飲み干すと、
立ち上がる。
「相性、良さそうじゃないですか」
ホームルームの準備のため、
職員室の扉へ向かう。
そして、振り向いた。
少しだけ、意地の悪い顔で。
「それでも――」
「うちの柊たちが負けるビジョンは」
「私には、見えませんけどね」
そのまま、若林は職員室を出ていった。
冬の空気の中へ。
学生最後の祭りが、
静かに近づいていた。




