一度ゼロになった日
――試合終了の笛が鳴った。
結果は、2-3。惜敗。
笛の音と同時に、何人もの選手がピッチに倒れ込む。
芝に顔を押しつけ、声を殺して泣いている。
さっきまでの歓声が、嘘みたいに遠い。
柊は、倒れたチームメイトを一人ずつ起こして回った。
「ほら、整列だ。最後だぞ」
肩を叩き、背中を押し、
なんとか全員を立たせていく。
その中で――
ランだけが、立ち尽くしていた。
「おい、ラン」
「………」
反応がない。
視線はどこか遠くを見たまま、止まっている。
「おい」
肩を掴んで揺する。
「あ……」
ようやく、焦点が合う。
「ごめん。どうした、柊」
「整列だぞ」
ランは一瞬だけ、きょとんとした顔をした。
「……そっか。整列か」
小さく笑う。
「負けたんだな」
ベンチの方へ歩きながら、ぽつりと呟く。
「負けだな。これで走り込みもないし、
汗臭い部室とも、おさらばか」
柊は、わざと軽く言う。
「いいことづくしじゃん」
ランは笑った。
「……ハハ。確かに」
でも、その笑いはすぐに消えた。
「じゃ、挨拶するか」
整列。
全員で並び、観客席へ向かって頭を下げる。
「ありがとうございました!」
それで、終わり。
ベンチの荷物を片付け、
次の試合のチームのために場所を空ける。
いつも通りの流れ。
でも――
ランだけが、頭を上げられなかった。
「ラン……もう行くぞ」
返事がない。
肩が、小さく震えている。
「………終わっちまった」
かすれた声。
「まだ……サッカーしたかった」
言葉が途切れる。
「明日も、放課後になったら、
当たり前みたいにここ来る気がしてさ」
涙が、ぽたぽたと芝に落ちる。
「でも……もう、来る理由、ないんだな」
柊は、何も言えなかった。
「俺さ」
ランは続ける。
「部活なくなったら、
マジで、何も残らない気がしてたんだよ」
唇を噛む。
「サッカーしてる間はさ、
“俺はここにいていい”って思えたのに」
声が震える。
「これ終わったら、
俺、どこにいればいいんだよ」
涙が止まらない。
この男が、ここまで泣くのを
柊は初めて見た。
いつも悩んでいたのは、自分の方だったのに。
そんな場違いなことが、頭をよぎる。
それでも、親友として言葉をかける。
「サッカーが終わっても、
お前まで終わるわけじゃねぇだろ」
ランは顔を上げない。
「まだ卒業もしてない。
三年は、これからだ」
少しだけ間を置いて、続ける。
「これから選べるのが、高校三年生だろ」
ランの肩が、ぴくりと動く。
「……それでも」
かすれた声。
「………それでも俺に道がなかったら、どうすんだよ」
柊は、少しだけ空を見上げてから言った。
「知らねーよ」
ランが、顔を上げる。
「道なんて、最初から見えてるもんじゃねぇだろ」
柊は続ける。
「前にしかないって、誰が決めたんだよ」
「横かもしれないし、
後ろにあるかもしれないし、
ぐるっと回って戻ってくるかもしれない」
「でも、それを歩けるのは、
お前しかいない」
ランは黙ったまま聞いている。
「少なくとも――」
柊は、少しだけ笑った。
「泣いてたら、見えるもんも見えねぇぞ」
しばらく沈黙。
ランは、目元を腕で拭った。
「……うるさ。泣いてねぇし」
「そっか」
柊は歩き出す。
「じゃ、片づけるぞ」
ランも、ゆっくりと歩き出す。
その背中は、まだ少しだけ震えていた。




