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昔むかしあるところに、キャンプファイヤーに恋した男女がいた


「               好きだ。

   後悔はさせない。辛い思いはさせない。あなたの幸せを俺が守る」


燃え盛るキャンプファイヤーを背に、俺は右手を差し出してそう言った。


木々がパチパチと燃える音に負けないように。胸の奥にある熱い想いを、真っ直ぐぶつけるように。


炎に照らされたシルエットは、まるで青春ドラマのワンシーンみたいだったと思う。




「           私が幸せにする。

          あなたの事は私が守る。        」



彼女も同じように右手を差し出し、そっと抱きついてきた。


――「柊 守愛」と「橘 寧々」の壮大な両想いが始まった瞬間だった。




――

「キャンプファイヤーで告白って、ベタすぎない?」


「俺だって、もう少しあとに伝えるつもりだったけど………気持ちが溢れたんだ」


「溢れんなよ、閉じ込めろよ。お前らのためのイベントみたいだったぞ」


——昔の俺は、周りに誰がいようが気にせず想いを口にできる無鉄砲な奴だった。

それが良いところでもあり、悪いところでもある。


今の俺には、あの頃の度胸なんて、もうない。



――

野外学習は、6月に行われる。


以前の俺は、合格発表の日、名前も知らなかった彼女へ一目惚れをし、そこから約2か月で付き合うことになった。


他クラスのやつからすると、「誰と誰?」と首をかしげるレベルだ。


まだクラスメイトの名前も覚えきれていないときに、交際が始まったのだ。



幸運にも、ランが彼女と同じクラスだった。


俺はラン経由で、連絡先を手に入れ猛アプローチをかけた。



後はもう、一直線だった。



正直、彼女のことは名前と出身中学くらいしか知らなかった。


けれど会話を重ねるたびに彼女を知っていく喜びは、何にも代えがたかった。


白黒だった世界に、少しずつ色が差していくみたいな日々――


夜の街灯さえロマンティックに見えていた。



今思えば、恋という病にどっぷりかかっていた。そしてそれは、未だ完治の目途がたってない。



彼女は背が高く、まっすぐな黒髪が良く似合っていた。


クールで、口数も多くはなく、凛とした声と落ち着いた話し方に、少し近寄りがたい雰囲気すらあった。 


実際凛とした声で、馴れ馴れしく話さない口調は、少し怖いとまで言われていた。



そんな彼女を、なんとしてもデートに誘いたかった。



そこで俺は、「勉強を教えてくれ」という建前で遊びに誘った。



今思えば、ただの逃げである。



けれど男女が二人で出かけることは、俺の中でデートだった。


そしてその逃げの一手に、彼女は「いいよ」と答えた。


心臓はあっさりギネスの高跳び記録を越えた。



スマホで「初デート 服装」「デート 会話 話題」を検索しまくり、前日はどの服を着るか二時間悩み、メモ帳には話すネタを箇条書き。


当日は十分前に着いて、鼓動はバクバクだった。


一ミリもモテてきた男とは思えない。



そんなこんなで始まった初デート


集合時間5分前に現れた彼女は、開口一番こう言った。


「今日は、まずどの教科からやる?」


(マジのマジで学力のレベルを上げるために来ているよ)


と膝から崩れ落ちた絶望感を味わったことをよく覚えている。



ただそんなことはどうでもいいくらいに、可愛い存在と一緒にいれることがうれしかった。



――

俺たちはショッピングモールのフードコートで飲み物を買い、参考書を広げて5月にある第1回定期テストの勉強をしていた。


でも俺は参考書より、彼女の横顔ばかり目で追っていた。


ノートに綺麗な字でまとめていくその姿が、なんだか見惚れるくらい美しかった。



「なに?勉強はやめたの?」


「んー、少し休憩。橘さんは休憩しないの?」


「私はまだ疲れていないから、もう少ししたら休憩する」


俺は彼女が休憩に入るまで眺めてていいのか、前世に感謝。などキモイことを考えていたら

ふと目に留まるものがあった。



こんな幸せな時間をくれる彼女に、何かしてあげたくなった。



「どうしたの?」


「いや、橘さん今日の服めちゃ可愛いなって。写真、撮っていい?」


「だめ」


まあまあ、女の子のダメは「いいよ」ってことだろ?


そう思いカメラを向けると、持っていた数学の教科書で顔を隠された。



「あの、寧々さんが映らないのですが」


「映らないためにこうしてます」


「まあ俺は、それでも十分だけどね」


「こ、こら。勝手にとるな」


…………クッソ可愛いな。


凛とした顔が少し照れて緩んだ表情を見たとき、にやけそうになって慌てて逃げる。



「トイレ行ってくる」


つい逃げ出すことにした。買いたいものもあったし。



――

勉強を再開し、空が少し暗くなり始めた頃――


「そろそろ帰ろうか。家は堤防沿いの公園が近いよね?」


「うん、よく知ってるね」


「前話したじゃん。暗くなるし、送るよ」


「……ありがとう」


帰り道、満開の桜が咲く公園に立ち寄った。


「この公園、桜がすごく綺麗だよね」


「うん。毎年、春になると家族で花見するんだ」


「へえ、桜好きなの?」



()()()()



「そ、そっか。 それは当たりだった」


「あたり?」


俺から渡された小包の袋を、疑問符を浮かべながら見つめる。


「あげる。今日は勉強教えてくれてありがとう」


「え、ただ一緒に勉強しただけだよ?」


「ううん。この桜の景色よりいいもん見られたからさ。 

 だから、世界にも少し還元しないと、ダメじゃん?」


「変なの。でも……ありがと」


袋を大事そうに受け取った彼女は、少し照れくさそうに笑った。


「これって……?」


「持ってるのは見えたんだけど、これ似合うかなって」


袋の中には、桜模様の木製の櫛。


真っ直ぐに伸びた綺麗な黒髪に、きっと似合うだろうと選んだものだった。


「筆箱にも入るサイズだから、サブ櫛にでもして」


「……うん、ありがとう。とても可愛い。うれしい」


そう言って櫛を抱きしめるように大切に持つ彼女は、どんな花よりも綺麗だった。

この瞬間のためだけに、今日があったと思えるほどに。


「あ、それとこれからは "寧々" って呼ぶね」


「別にいいけど………急にどうして?」


「等価交換だよ。櫛をあげる代わりに、あなたの名前を呼ぶ権利が欲しくて」


「……変な人。でも、いいよ。ありがとう、守愛」


名前を呼ばれた瞬間、俺の中の何かが温かくほどけていった。


自分の名前は、少し女の子ぽくてずっと好きじゃなかった。


ただ、寧々に言われるその名前は、世界で一番好きな名前に、今なった。


そうして、少しずつ。

俺たちは確かに、心の距離を縮めていったんだ。



勉強会が終わってから、順当に仲を深めることができた。


その後も定期テストの勉強会を重ね、夜には連絡を取り合う仲になった。


そして俺とランが中心となって準備したキャンプファイヤーで、溢れる気持ちを抑えきれず告白し、彼女は受け入れてくれた。


いろいろあったけれど、あの日々は俺にとって何ものにも代えがたい宝物だ。




ーーそう。これが前回、俺たちの付き合うまでの軌跡である。


出会ってたった2か月で交際できた最大の要因は、キャンプファイヤーだった。俺はそう考えている。


だから今回の野外学習でも寧々との距離を縮め、あわよくば――なんて思っていた。


けど、まさか。



「キャンプファイヤーを止めたくて」



なんて、言われるなんて、想像すらしてなかった――


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