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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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この世界の救い方

「……は?」


黒井の声は、自分の喉から出たものとは思えないほど弱かった。


寧々だけじゃない。

柊まで同じことを言う——脳が拒絶する。



「…………」


「……何を言ってるの、柊君」


喉が軋む。


世界がひび割れ始める。

 


柊は、それでも揺るがなかった。



「何度でもいうぞ。

 寧々は、俺を助けるために――お前から俺が殺されない世界を作る為に、ループしてる」



鳥居の朱が、夜に沈む。


寧々の肩が小さく震えた。


黒井の呼吸だけが、やけに大きく響く。



まるで答えを寧々から教えてもらったかのように柊は言っているが、そんなことはない。


寧々は真実を言わない。言えば変わらないと知っているから。



でも——今回だけは違った。


柊が“二回目”になったことで、すべての歯車が勝手に動き出している。




「僕が……?」



声が、言葉の形にならない。



そして――叫んだ。



「僕が柊君を!? そんなわけない!!

 いつだって……いつだって傷つけてるのは……その女だ!!」



黒井が寧々を指さす。


夜風が鳥居を揺らし、木材が軋む。



世界が――笑っているみたいだった。



「だって……そうだろ……?」



頭の奥が痛む。


何かが、内側からこじ開けられる感覚。

 

視界に散る断片――



黒井の瞳が虚空を彷徨う。


”世界線”の記憶が、意識の隙間から血のように溢れ出す。



「君はいつも血だらけで倒れる。僕の目の前で——動かなくなる。

 その時、隣にいるのは橘寧々で……」



その先の言葉が喉に刺さる。


思い出したくない。


でも思い出してしまう。


 

「橘寧々は……倒れた君を抱いてた。

 ……泣きながら……笑ってて……」



その瞬間、黒井の息が止まる。


疑問が、恐怖に変わる。




――なぜ?


――僕の目の前で、あいつに抱きしめられながら?


――柊君と、橘は目を合わせながら……二人とも泣いていた?




呼吸が乱れる。


痛みが脳を焼く。


世界線が洪水みたいに溢れる。




——なぜ。


——どうして。


そして、決定的な一枚。


――僕の手に、赤がある。


刃物の冷たさ。


皮膚に残る感触。


重さ。



視界が、粗い粒子に崩れる。


鳥居の数だけ、死の瞬間が蘇る。


柊の息が途切れる音。


寧々の叫び。


自分の手に残る体温。



そして——巻き戻る世界。



耳鳴り。


白い光。


ゼロに戻る。




膝が崩れた。


「僕が……僕が原因……?

 僕が柊君を、殺してた……?」



言葉にした瞬間、世界が壊れた。


黒井は立ち上がり、走り出す。


逃げるように、鳥居の闇へ。

 


「黒井!」



柊の声が響くが、届かない。


赤い鳥居が黒井を飲み込む。


ひとつ進むたび、ひとつ世界が蘇る。


罪の数だけ鳥居が続く。



記憶。

後悔。

恐怖。

喪失。

血。




(僕は……何のために……繰り返して……)


(守りたかっただけだ。好きだっただけだ)



(なのに——僕が、殺していた)




出口が見える。


たどり着けば終わる気がした。


あと数歩。


その瞬間、足がもつれた。


黒井は石畳に崩れ落ち、両手をつく。


息ができない。喉が熱い。涙が止まらない。


 

(僕は——いらない)


(この世界に、必要なかった)


そんな考えが、すっと入り込む。


怖い。


でも、消したい。


この“間違い”ごと、消えてしまいたい。



そうか。 

落ちてしまえば楽だ。


そんな考えが、一瞬よぎる。


怖い。

痛いのは嫌だ。



でも——消えたい。



この世界から、消えたい――



 

そのとき。

 

肩を掴む手があった。



「黒井」



柊だ。


黒井はその顔を見るのが怖くて——でも、見てしまった。


嫌悪されているはずのその目は、


優しかった。



黒井は歪んだ表情のまま叫んだ。



「くるな!!!!」



肩に乗せた手を振りほどく。


身体が弱くて、全力で走れないはずなのに――それでも走った。


初めて、身体の全部が酸素を求めた。



「ッ……ハァハァ……」



振り返りたくない。


でも、言葉は止まらない。



「分からないよ。柊君に僕の気持なんか」


「君に僕の気持ちがわかるか!?

 明日が来ることすら怖い人生が、どれだけ息苦しいか……わかるか!?」



溜まっていたものが、壊れるみたいに溢れる。



「僕だって、明日を楽しみにしていきたい!!

毎日毎日、朝を迎えることが出来るのか絶望しながら、眠りにつきたくない!」



「そんな僕の気持ちが分からない、お前に何を言われても響かない!」



「明日の僕は…………今日の僕より弱い」



涙が止まらない。


柊は悪くない。


橘寧々も悪くない。



全部僕が悪いことなんて、分かってる。



でも………そんなの正論だ。


僕だけが、みじめで弱くて、悪だ。



正義の“味方”に僕もなりたかった。




「もう、一人で死なせてくれ!!」



その言葉は、懇願だった。



「違う」



柊の声は静かで強い。


夜の闇より重く響いた。



「黒井。お前は“俺を助けようとして”、道を間違っただけだ」



黒井の喉が震える。


「……っ」



柊は続ける。


「いいか。

 俺は寧々が好きだ。

 寧々のためなら、世界だって壊す」


 

はっきりと言い切る。


残酷なほどに。



「でもな——」


 

「俺は、お前の気持ちも否定しねぇ」


 

その言葉で、黒井の世界がまた少しだけ動き始める。



「俺はもう死なない。

 もう繰り返さない。

 お前に、そんな苦しい未来は背負わせない」



柊は黒井の腕を引いた。


「だから立て」

 

夜風が止まり、鳥居が静寂を抱く。



「未来が分かる人生に希望なんてねぇ。

 分からないから生きられる」


柊は黒井を見た。


「怖いなら――それは生きてる証拠だ」


そして笑った。



「“明日の俺は、もっと強い”」



「人を好きになるってことはさ、

 その人の魅力に気づける自分が誇りになるってことだろ」



そして、



「お前が信じてきたジンクス——

 “どうせ失う”“どうせ変わらない”って呪い」



柊は空に向かって言う。


 

「俺がぶっ壊す」

 


黒井の目から、静かに涙が落ちた。

 


「……柊君……」

 

「信じる相手は、運命でも世界でもない」



柊は黒井の肩を抱いた。

 


「俺でいい。

 お前が強くなるまで、俺が隣にいる」



その言葉は、千本鳥居より重かった。


そして、あまりにも優しかった。


柊は黒井を引き上げる。



「行くぞ。最後の鳥居だ」


「……うん」

 

黒井は涙を拭き、柊と肩を並べた。


二人は肩を並べ、赤い闇を抜ける。



夜風が通る。



終わりではなく、

始まりの風だった。


長いループの闇に、一筋の光が差すように。


黒井の胸は、まだ痛い。


けれど、その痛みの隣に――初めて、確かな温かさがあった。


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