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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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僕だけのループ

部屋の明かりを落とすと、井上たちの寝息がすぐに聞こえてきた。



「ウノ! 柊の番だぞ!」


「はいはい……」


柊は苦笑いしながら答える。



そして、その後トランプに移り…………

いつまでたっても俺のターンが返ってくこないと思ったら、右手にトランプを持ちながらねていた。


「トランプ持ちながら寝るなよ………」


呆れた声を小さく吐きながら、そっと立ち上がる。


ホテルの廊下ではまだ人の声がしていた。


ズボンのすそを直しながら、そっとドアノブを回す。




――昨夜の約束。


「明日、もし時間があったら……伏見稲荷、一緒に行かない?」


あの柔らかな返事がまだ耳の奥に残っていた。




外は静かで、ひんやりとした夜気が頬を撫でる。


街灯がゆるやかに夜を照らしている。


時計を見ると、もう十一時半を回っていた。



「……ちょっと遅れたな」



ポケットの中でスマホが震える。


《着いた?》


《今出た》


《入口で待ってるね》



短いやり取りを終えて、ホテルの玄関を出る。



「ごめん、待たせた」


「ううん。私も、今来たところ」


寧々のスカートが夜風に揺れる。


そのたびに、静かな淡いなにかが胸の奥を撫でていく。



俺がその姿に見惚れていた。


ちょうどその瞬間、右手から一台の車が勢いよく飛び出してきた。


「――っ!」


ブレーキ音と風圧。


一歩、踏み出すタイミングを間違えていたら、確実にぶつかっていた。


ドンッ、と鳴った心臓を抑える。



運転手が手を上げ、何事もなかったように去っていく。


苦笑しながら息を整えた。



「……焦った……」



その様子を、ホテルの脇の影から一人の男が見ていた。


街灯のオレンジが彼の横顔を照らす。


その目は、何かを確信したように細く光っていた。



――また、あの“瞬間”。



どの記憶でも、どの世界でも、

柊が死ぬとき、そこには必ず“あの女”がいた。


(やっぱり……原因は橘寧々だ)


歪んだ確信が、静かに根を張る。





――

伏見稲荷の参道。


夜は観光客がほとんどいなく、独特な雰囲気をまとっていた。


赤い灯籠が並び、風鈴のような音が時折鳴る。


手水舎の水が、月光を跳ね返している。



「まさか夜に来てしまうとは…………」


「昼間は人が多すぎたし。……夜の方が、落ち着くね」



そう言って、彼女は鳥居の方を見上げた。


無数の朱色が、闇の中に連なっている。


奥へ奥へと、続いていく異世界の道のように。




「ここ、願い事叶うんだって」



鳥居の前で、こちらを振り返る寧々。



「有名だもんな。商売繁盛とか、縁結びとか」


「……まぁ。そうだけど………」



曖昧な返事。


一瞬、返事に迷う。



「ジンクスかぁ」


「あまり信じていないでしょ」


「うん、思い込みだと思ってる」


「夢なーい」



緊張感のない声が、寧々から漏れる。



「寧々は、信じてる?」



少し間を置いて――寧々は言う。



「信じてるよ。どれだけ強いジンクスにも私は勝ってしまうけど」



自虐のようなセリフを笑いながら語る。


それにどう反応するか悩んでいた。



一緒に笑って流すのか、真剣な顔して受け止めるのか。



寧々の声が震える。


柊はその横顔を振り返る。


「寧々……?」


寧々が何かを言いかけた瞬間。


足音がした。


静かな夜道に似つかわしくないほど、重い音。


鳥居の中に響き渡る不吉な音。



振り返ると――黒井が立っていた。



「……柊君。

 お願い事の話をしてたんだって?」



不自然な笑み。首をかしげて、訪ねてくる。


その目だけが、笑っていない。


柊の背筋がぞくりと冷える。



「黒井……? どうしてここに」



「決まってるだろ。

 君が、危なかったから」



黒井の視線は鋭く寧々へ向く。



「また……お前のせいで」



「え……?」



寧々が後ずさる。


柊は慌てて黒井の前に立った。



「落ち着け黒井。寧々は関係ない」


「関係…ない?」


「あぁ。寧々は関係ないんだ」



柊が黒井をなだめる。


不穏な空気を纏っている黒井に対して、寧々は最大限の警戒心を抱いている。



「ちょ、ちょっと待ってよ。私が関係ないってどういうこと?」



黒井は首を小さく傾け、笑う。



「関係あるさ。僕は知ってる。

 何度も何度も……柊君が死ぬたびに、そこにお前がいた」



寧々の顔色が一瞬で青ざめた。



「……どうして、それを………」



寧々が目を大きく広げる。


ずっと頭の中にあった疑問が、確信に近づく。


だが、確信にしたくないと、心が首を振る。



「あなたが……本当に……?」



黒井の声は、祈りにも似た確信だった。



「だから僕は決めたんだ。

 この世界で、柊君を守るのは僕だって」

 


黒井の手が柊に伸びる。


寧々の目が大きく揺れ、柊も驚きに息を飲む。



その手は、震えていた。



「やめて!!!」



手を伸ばしている黒井と柊の間に割って入る寧々。



「また………またお前のせいで…………!!」



焦点が定まらない黒井の瞳。



「黒井君………あなた…なにをしようとしているの?」


「なにって、さっきも言ったじゃないか」



黒井は笑う。



「柊君を守るんだよ。橘寧々から」



寧々の瞳が震えた。



「………なんで私から、守るのよ…………」



「お前が………

 お前が柊君を不幸にするからだろ!!!」



寧々は信じられないものを見るような目で、黒井を見つめる。



「何を言っているの………?」


「守愛が、不幸になるのは……死んじゃうのが私のせい…………?」



叫ぶ。

悲鳴をあげるように。



「そうだ!!いつもいつも!!!

 柊君が死ぬ時、隣にいるのは――お前だ!!」



叫ぶ。

助けを求めるように。



「どうして……

どうしてあなたが“殺している”のに………」


「私が、守愛を殺すわけない!!!!!!」



風が吹き抜ける。


朱色の鳥居がざわりと揺れた気がした。


黒井は、当たり前のことを言うように呟いた。



「………お前は何を言っているんだ。

 こんなに“愛している“のに、殺すわけないだろ?」




寧々は絶望する。



「……会話ができない……」



ランが言っていた意味を痛感する。


“同じ人間”としての会話が成立しない恐怖があった。



「………黒井、落ち着いてくれ」



柊が静かに言う。


けれど、その声は黒井には届かなかった。


黒井の目は、寧々ではなく――柊だけを見ていた。


焦点が狂い、熱に浮かされたように



「僕は、いつだって冷静で落ち着いてるよ」


「その女が信じられない事を言うんだ」



黒井はゆっくり笑った。


その笑みの形だけが、ひどく歪んでいた。



「僕が、“君を殺した“って」



柊はゆっくりと頷く。


「聞いていたよ。全く信じられないよな」


なだめるように優しく。



「ところで、一つ聞いていいか?」




柊は、黒井にずっと疑問に思っていたことを聞く。


それは、この物語では気づくはずがなかったことだ。



だが、気づくことが出来たのは柊が“二回目”だからだ。




「なに?」



柊に質問されることが本当にうれしいのか、笑顔がこぼれる。



「黒井は………俺のことが“好き”なんだな?」



黒井の表情が、一瞬子どものように崩れる。



「………!   

 うん…………好きだよ」


「そうか。ありがとうな」


「柊君は、“まだ“好きなの?」


「あぁ。好きだ」


「変わってるね。真実が今分かったのに」



「黒井、ループしてるのは……俺を救うためか?」



黒井は微笑む。歪んだ誇りのように。



「うん。やっとわかってくれた?」


「あの女から、君を守るために何度も何度もやり直してるよ」



愛の告白にロマンティックさなんて一つもなかった。


だけど、自分が時を超えて抱えていた思いを伝えられたこと。

その気持ちよさを、黒井は隠せれなかった。




「――俺も、好きな人の為に、やり直してるんだ」



黒井の笑みが止まる。



「ただ……俺は一回だけだけどな」



黒井の声が震える。



「…………?」



先ほどのまでの恍惚な表情とは、打って変わり疑問が芽生えている。



「柊君も…………?やり直している………?」



「これは、僕が君を助ける物語だよ?」



「あぁ。そうだ

 黒井の中の物語ではな」



柊は背後の寧々を、静かにかばうように立つ。



「俺は寧々と結婚するために、やり直してる」



寧々の息が止まる。目が潤む。



そして――柊は最後の真実を告げた。



「黒井。

 寧々は――俺が死なない世界を作るために、何度もループしてる」



鳥居の奥へ、言葉が響いた。



「何度も何度も――

 “お前に殺されない未来”を探してな」



伏見稲荷の夜が、音を失った。


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