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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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修学旅行 二日目


朝の光が、薄いカーテン越しに差し込んでいた。


寝起きの頭がまだぼんやりしている。


時計を見れば、集合時間の30分前。



「……意外と寝れたな」



夜中のラーメンのせいか、妙に胸が落ち着いていた。


わかばちゃんの言葉――“前を向くしかない”――が、まだ耳の奥に残っている。




修学旅行、二日目。


目的地は京都。


昨日のベイエリアとはまるで違う、古都の空気。


観光バスの中では、井上が前の座席から振り返ってきた。



「おーい柊。昨日、どこ行ってたんだよ」


「え? あー……ちょっとわかばちゃんとメシ」


「マジかよ。誘えよ」


「お前寝てただろ」


「起こすんだろ、当たり前に」



軽口を叩きながらも、車窓に流れる景色を見ていると、

バスガイドの明るい声に、拍手と歓声がわき起こる。



京都駅に着くと、クラスごとに行動開始。


清水寺、伏見稲荷、嵐山。


どこも修学旅行らしい喧騒と人の波。


笑い声とシャッター音があふれる中で、

柊は、時折ふと静かになった自分に気づく。


そんな時、井上がスマホを向けてくる。



「ほら、寧々と撮っとけよ」


「バカ、やめろって」


「いいじゃん。京都補正で恋が成就するかもよ?」


「うるせえ。涼香に同じことしてこい」


「………」


「二日目も楽しもうじゃないか。柊君!」


「……何こいつ」



笑いながらシャッターが切られる。


その瞬間だけ、なぜか時間が止まったように感じた。




――


一方その頃。


「抹茶パフェください!」


「俺はほうじ茶アイスで」


「ラン君、ほうじ茶派なんだね!」


「まあ。ちょっと歩いて暑かったしな」



そんな他愛ない会話の中で、お互いの距離感が、絶妙に心地良い。


写真を撮り合ったり、ランのアイスを涼香が食べたり――



観光地の喧騒の中で、二人だけの時間が穏やかに流れていた。




「今日は橘さんとじゃなくてよかったの?」



二人がいるのは、コーヒーの香りが漂うカフェ。


看板に青いコップのマークがある、いわゆる映えのお店である。




「うん!昨日もずっと一緒だったし、今日はクラスの子と回ろうって話しになってさ」


「大事な二日目を頂きまして、大変光栄です」



わざとらしく胸に手を置くラン。



「よかろう。よきにはからえ!」



エッヘンと、腰に手を当てた武士もどきがいる。



「修学旅行も中盤ですな」


「ほんと一時はどうなるかと…………」



柊達同様、トラブルを乗り越えた二組も、今は笑いながら振り返っていた。



「ラン君がうまく男子も女子もまとめてくれたからだよ~」


「いやいや、涼香ちゃんが女子まとめてくれてたからだよ」



謙遜しあう二人は、くすぐったくなって笑い合う。



「まあ。みんなが楽しそうでよかった」


「しおりもうまくできたし。絶対いい思い出になるよね!」



涼香は、自分たちで作った旅のしおりを眺める。



「良い案だよな。しおりを生徒に作らせるって」


「ほんとほんと!絶対、卒業式で見たら泣いちゃうもん!」


「早いなぁ卒業式の話」



高校生活も折り返しに入ったばかりなのに――

涼香の早とちりに、ランは思わず笑った。




――

夕暮れ。


古都の街が、金色に染まり始めていた。


集合場所へ向かう途中、柊はふと、人気の少ない路地で立ち止まる。


その先に、見覚えのある影があった。



――黒井。



スマホを見ていた彼が、こちらに気づき、ゆっくりと顔を上げる。



「……柊君。話がある」



一瞬、空気が冷たくなった気がした。


通りのざわめきが遠のく。



「悪い。今は――」



井上達と一緒にいたこともあり、時間が取れないことを伝える。


黒井は少しだけ眉を動かし、静かに言った。



「そっか………いつなら時間が取れるかな」



その声には生ぬるい優しさがあるのに、

奥には、確かに“刃”のような鋭さが潜んでいた。



「今日の夜は、どうだ?」


「うん、分かった。また連絡して」



黒井は表情を崩さず、その場を静かに去っていった。


夕暮れの路地に、靴音だけが残る。




――

「カンパーイ!!」


二日目の夜。

入浴を済ませ、学年全員での夕食。


浴衣姿で並んだテーブルの上には、老舗旅館の夕餉がずらりと並ぶ。


一人鍋のすき焼きに、みんなのテンションが一気に上がった。




「すっげ~~!」


「これに卵入れるの?」


「多分その小皿だと思うけど…………」



アホな会話に呆れつつも、教えてあげる。



「柊、今日は起きるぞ!!」



井上が肉を割りばしで挟みながら、身を乗り出してくる。



「分かった分かった。だから振り回すな、汁が飛ぶ」


「ウノにトランプ、サバゲ―全部するぞ」


「アガル。でも、俺途中で一回抜けるわ」



「………? 女か?」



「そんなとこ」


「え、ダメだけど?」



きょとん、と目を丸くして言い切る井上。



「ダメとか言われても…………」


「お前は、一生に一回の修学旅行で友達より女を取るのか?」


「………」


「お前は、将来の飲み会で『修学旅行の夜、俺は女といた』って言って、俺らの会話に混ざれないけどいいのか?」


「……めんどくせぇ……」


「お前は――」


「いいすぎいいすぎ。すぐ帰ってくるから」



呆れるほどの早口でまくし立ててくる井上。


瞳に光がない。完全に詰めてきている。



「一時間以内な」


「……めんどくせぇ……」



柊はため息をついて、すき焼きの鍋をつついた。


湯気の向こうで、井上が満足げに頷いている。


笑い声と箸の音。


温かい空気の中で、心のどこかが――まだざわついていた。


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