この”答え”は、100点じゃないと失格
時は、遡る。
――修学旅行、一日目。
二年二組、四人班。
その中にいるランは、
港町の街並みをぼんやりと眺めていた。
潮の香り。
ビルの隙間を抜ける風。
ベイエリア特有の空気が、
夏の終わりを運んでくる。
一組が到着してから少し遅れて、
二組も無事に現地へ降り立った。
長時間の移動疲れを感じながらも、生徒たちは自由時間の解放感に包まれていた。
「おーい、俺ら次どこ行く?」
クラスメイトの声に、反射的に顔を上げる。
男子たちはテンションが高く、港の景色よりソフトクリームの種類に夢中だ。
「あ、ああ。次は………繁華街で食べ歩きだな」
「そだったな!」
周囲ではシャッター音と笑い声。
カモメの鳴き声まで、少し遠くに聞こえた。
その中で、ランだけが、
どこか別の世界にいるように静かだった。
(……なんか、嫌な予感がする)
理由はない。
根拠もない。
ただ、
胸の奥がざらつく。
海風が頬を撫で、
その冷たさが、違和感をはっきりさせる。
少し離れたところで、
橘寧々が涼香と合流していた。
二人は顔を見合わせ、
自然に笑い合って、
並んで歩き出す。
ランはその背中を見送りながら、息を吐いた。
「どうしたんだ。ラン?」
「んーごめん。ちょっと腹痛いから先行っといて」
「おけ、後で位置情報送っとくわ」
「助かる」
軽く手を振り、
グループから離れた。
理由はどうでもいい。
ただ、
一人になりたかった。
――
(――“私は、守愛を守るためなら、誰が相手でも話したい”)
あの日の放課後。
教室で聞いた寧々の言葉が、
何度も頭の中をよぎる。
危うい――。
心の底から、そう感じた。
目的の為に、人を殺し続けれる人間が、
まともな感性を持っているわけがない。
「対話なんか、できるわけないだろ………」
小さく呟く。
声が風に消えていく。
“好きな女の隣にいる男は、邪魔だ”
その感情自体は、分かる。
俺だって、
柊を邪魔だと思ったことはある。
橘寧々に“恋”を教えられて、
彼女を幸せにしたいと思って、
隣に立ちたいと願った。
それは、
ごく普通の感情だ。
けれど――
大事なのは、
“心”だ。
好きな人の中にある“心“こそ、なによりも大事だ。
そこをないがしろにして、“俺を見てくれ”なんて、言っちゃいけない。
でも、”犯人”は違う。
好きな人の為に、何度もループして、
何もかもを手に入れようとしている。
世界ごと、
書き換えようとする。
「……異常だろ」
背中に、
寒気が走った。
この修学旅行で、寧々は黒井と接触するだろう。
まだ黒井が、“犯人“だと断定はできない。
それでも――
「やっぱり、黒に近いグレーだな……」
ランはベンチに腰を下ろした。
目の前では、観光客が潮風を浴びながら笑っている。
カップル、家族、友達――“平和”という名の幻が広がっている。
それが、
ガラス細工みたいに見えた。
スマホを取り出し、
連絡先を開く。
“橘寧々”。
名前をタップしかけて、
指が止まる。
「………今の橘さんに話して、突っ走られても困るな」
唇を噛む。
視界の端で、空がオレンジから群青へと沈んでいく。
港に灯りが入り、
街が夜の顔を見せ始める。
その光は、
綺麗で――
どこか、不吉だった。
――
勘のいい夏木歩は、
いつだって真実に近い。
だけど今回は、それだけじゃダメだ。
真実に“近づくだけ”じゃ、誰も救えない。
“真理”に気づけないと、誰も救えない。
そう――“誰も“、だ。




