光の底で
――白い。
視界のすべてが、柔らかく、残酷な白で満たされている。
まるで雪の中に沈んでいくような、音のない光。
どこかで、人の声がする。
笑っている。
手を取り合っている。
まるで――世界の終わりを知らない人間たちみたいに。
(……やめて)
(……どうして……)
女の声。
寧々の声。
そして、その直後。
(……寧々、逃げろ!)
聞き慣れた声が、
叫ぶように響いた。
次の瞬間、
世界が、裂けた。
目の前で――
柊が、血を流して倒れていた。
白い光が、
じわりと赤く滲む。
「――あ……?」
景色が歪む。
寧々の悲鳴が、遠くで響いた。
柊が、
彼女の前で崩れ落ちる。
手を伸ばす。
声を上げる。
でも、
届かない。
何が起きたのか、分からない。
ただ、
確かに焼き付いているのは――
倒れた柊のそばで、
震えながら立ち尽くす寧々の姿。
助けようとしていたのか。
泣いていたのか。
それとも――笑っていたのか。
それすらも曖昧な、ノイズだらけの記憶。
音が途切れ、
映像が途切れ、
ただ最後に残ったのは――
“柊の顔だけ”
それだけが、
異様なほど、鮮明だった。
「……なんで」
「なんで、“あなた”が死んでるんだ……?」
視界が波打つ。
頭の奥が、
ノイズで焼かれるように痛む。
白が、黒に侵食されていく。
記憶が、
ちぎれて、溶けて――
――すべてが、真っ白になった。
――
「………………っ!」
息を吸い込んで、
目を開ける。
薄暗いホテルの一室。
カーテンの隙間から、街灯の光が差し込む。
額に冷たい汗が滲んでいた。
「……夢、か」
(また……見たのか)
毎回、同じだ。
思い出すのは、
あの一瞬だけ。
柊が死ぬ場面。
寧々が、そこにいる場面。
どうして彼が死んだのか。
なぜ彼女がそこにいたのか。
そこだけが、
何度考えても“欠け落ちる”。
でも――
ひとつだけ、確かなことがある。
――柊は、寧々と関わって死んだ。
そして、
僕はそのあと、“やり直した”。
(……なら)
布団の上で、
拳を強く握る。
(この世界では、僕が)
(僕が、柊を守る)
僕が、
あの人の“影”になる。
“光”が、
これ以上奪われないように。
今度こそ、
救ってみせる。
ベッドから立ち上がると、ポケットから古びた紙が出てきた。
古びた、
何度も折りたたまれた紙。
未来の自分が、
何に気づいたのかは分からない。
何故ループしているのか。
何故柊が死んでしまうのか。
でも、
“気づいた誰か”が、
ここに残したのは確かだ。
震える手で、
文字をなぞる。
“彼女を―――ければ、――は死ぬ”
「……彼女を、殺さなければ」
「柊は、死ぬ……か」
言葉にした瞬間、
胸の奥が、静かに凍りついた。
――その時。
ドアの外から、
笑い声が聞こえた。
廊下の向こう――男女の声だ。
そっと近づき、
ドア越しに耳を澄ます。
寧々と、柊だ。
並んで歩きながら、
楽しそうに話している。
視線を交わし、
小さく笑って、
何かに頷き合って――
まるで。
何も知らない世界の、恋人みたいに。
(……そうやって)
(……また)
胸の奥が、
じくじくと焼ける。
(やっぱり)
(あんたが、“原因”なんだろ)
「……橘、寧々」
呼吸が浅くなる。
喉の奥で、
言葉が歪む。
「――柊は、僕が守る」
低く呟いた瞬間、
“現実”が音を立てて戻ってきた。
時計の針の音。
風の音。
遠くの、海のざわめき。
黒井はゆっくりと立ち上がり、
カーテンを少しだけ開けた。
そこには、あの日と同じ光景。
月夜が照らす真っ暗な海。
揺れる白い波。
それは、
僕の世界の色だった。
(……今度は、必ず)
夜風が、
彼の髪を撫でる。
夜は、
もう眠らない。
そして――
彼も、眠らない。




