思い出は俺だけのもの
「わかばちゃん長やるから、よろしく」
「おはようございます」も言わず、職員室のドアを開けるなり、宣言した。
「挨拶が先だけどな。……まあ、やる気になったならうれしいよ。
このクラス誰もやらないなら、もう私やろうかと思ってたところだ。」
「なんでわかばちゃんがするんだよ。歴史に名を刻むぞ。」
「心震えるセリフだな。もう一人は、誰か決まっているのか?」
「そうだな………」
わかばちゃんと気持ちいいキャッチボールを交わし、クラスに向かった。
朝の時間が始まる前。
周囲の冷たい視線を無視して、意気揚々と“長”をやるとクラスメイトの前で宣言した。
自分が自然に選ばれるタイプでないことは分かっていた。
だから作戦を立てていた。
まずは全員の名前を覚え、グループ会話に混ざっていく。
そして、“長をやることでクラスにどんな利があるか”を、各グループに合わせて提示した。
目線は冷たいままだったが――
「……まあ、そこまで言うなら……」
ほぼすべてのグループが、似たような台詞を口にしてくれた。
ここまで来れば想定通り。
“長”さえ取れれば、あとはどうにかなる。
だが、俺ひとりでは動けない。
必要なのはもう一人――自由に動ける“相方”だ。
――
放課後。部活や帰宅準備でざわつく教室で、涼香が声をかけてきた。
「柊、長するのー?」
「ああ、するよ。三年でもやりたいと思ってるし、ちょうどいい練習になるかな」
「すごいね! ……朝言ってたのって、ホントなの?」
涼香たちのグループにも、俺なりに“メリット”を伝えておいた。
「ああ、本気でやるつもりだよ。そうでもしないと、俺がやるってだけで拒否反応出るしな」
「……まあ、確かにそうかも。スズにもできることあったら、何でも言ってね!」
「じゃあ、さっそくだけど――もう一人の“長”、やってくれない?」
「――――え? スズが?」
さっきまで満面の笑みを浮かべていた涼香は、一転してポカンと口を開けて固まっていた。
もちろん、思いつきなんかじゃない。
俺に足りないのは、“人の懐にするりと入る力”だ。
その力を持っているのが、涼香。
男女隔てなく話せて、正義感もある。
この子なら、俺の“裏の根回し”を、“表の魅力”で包んでくれるはず。
――
「ということで、1年1組の”長”はこの二人だ」
こうして“長決め”は終了。
やっと一息つける……と思いきや。
「柊、早速だが、1年最初のイベント――野外学習がある。それに向けた学年会議がこのあとある。がんばれよ」
マジか。今日決まらなかったら、ほんとに“わかばちゃん”が行くとこだったのかよ……。
――
指定された教室に入ると、クラスごとに座れるよう机が並べられていた。
黒板の前には、生徒会メンバーが整列。どうやら教員は不参加らしい。
俺がそれを確認していたところにランが声をかけてきた。
「柊、長やってくれてうれしいわ。正直、張り合いのある奴が他にいなくてな。つい煽っちまった」
「お前な、先に言ってくれたら普通にやったよ」
「こっちのほうがおもしろいだろ。それに、もう一人はその子なんだ。よろしくね」
俺の後ろに立っていた涼香は、緊張のせいでさらに小さくなっていた。
ランの爽やかな笑顔にも気づかないほど、固まっている。
だけど――
一人の友人を見つけた瞬間、水を得た魚のように動き始めた。
「スズ、本当にやったんだね、“長”」
二人は両手をつないで、ぶんぶん振りながら会話を交わす。
「うん、なんか柊が一緒にやろって」
「柊?」
「ほら、あの時絡まれてたとき助けてくれた――」
(やめてくれ……)
「ほら、柊も隣のクラスなんだし、仲よくしよ!」
そう言ってぐいっと俺の腕を引っ張る。
視線が合い、思わず息をのんだ。
――覚悟はしていたが、やっぱりぎこちない。
「あ、あの、えっと……“長”とかやるんだね」
「はい。どうしても、やりたいことがあって」
「……やりたいこと?」
寧々が”やりたいこと”?
そんな風に話すのは、少し以外だった。
けれど、次の言葉でその理由はすぐに分かった。
そして――聞いたことを、俺は後悔した。
彼女は先ほどまでの穏やかな表情を一変させ、
まるで刃のように冷たい声で言い放った。
「 ――キャンプファ―イヤーを、止めたくて 」
……その一言で、俺の思考は完全にかき乱され、
この後の会議の内容は、ほとんど頭に入らなかった。