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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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あなたがいれば、進むのは怖くない


夏休みが終わり、空にはすでに秋の気配が滲んでいた。



放課後の教室。


窓から差し込む夕陽が、寧々の髪を橙に染めている。


ランは、机の上のノートを閉じ、少し迷ってから口を開いた。



「……修学旅行、気をつけた方がいい」



唐突な言葉に、寧々は瞬きをした。



「黒井君のこと、だよね?」



ランは小さく頷く。


「この前、少し話した。

 あいつ、なんか――変だ」


「笑ってるのに、全部が“演技”みたいで。

 柊に近づく理由も、どうにもわざとらしい」


「……わかってる」


寧々は視線を落とした。


指先が、机の縁をなぞるように動く。



「でもね、私――

 少しの危険も避けて、何も起こらない方ことを願う……そんなのは、もう辞めたの」



顔を上げる。



「守愛を守るためなら、誰が相手でも、ちゃんと向き合って話したい」



「でも――」



言いかけたランの声を、寧々のまっすぐな視線が遮る。


瞳の奥には、曇りのない決意が宿っていた。



「逃げないよ。

 あの子が何を考えてるのか、確かめたい」



夕陽が傾き、二人の影が長く伸びる。


ランは、ゆっくり息を吐いた。



「……ほんと、強いよ。橘さんは」



苦笑まじりに言う。


「でも俺は、君が無茶するの、正直……見てられない」


「無茶じゃない。ただ、見過ごせないだけ」



一拍置いて、寧々は少しだけ柔らかく笑った。



「それにね。

そろそろ、私も修学旅行を楽しみたいの」



“逃げる”“諦める”“怖がる”――という未知の畏怖に対する感情を押し殺して、明るくふるまう。


その静かな強さに、ランは言葉を失った。


彼女の“覚悟”は、もう自分の想いを軽く超えていた。




――そして修学旅行当日。


行き先は、神戸と京都。


一日目は港町を巡り、二日目は古都を散策。


三日目は自由行動――お土産や撮り逃した風景を探す時間。




(……まぁ、そこに至るまでが地獄だったけどな)



柊はSAのベンチで、ため息をついた。


しおり作りの会議では、男女で意見が真っ二つ。


「神戸派」と「京都派」が真っ向からぶつかり合い、泣く女子と沈黙する男子、

最後にはわかばちゃんが無理やりまとめ上げてようやく決着した。



「柊君、最初は“どっちでもいい”とか言ってたのに、気づいたら中心で議論してたよね」



寧々にそう言われ、苦笑しながら頭をかく。



「まあ、一回きりだし。

 みんなが楽しめた方がいいだろ」


「そうね。

 それなら、このしおりも作ったかいがある」


寧々は手元のしおりを見つめ、穏やかに微笑んだ。


「そういえば、涼香達も神戸からの京都にしたらしいわ」


「らしいな。

大阪のテーマパーク派と揉めたって聞いた」


想像して、二人で小さく笑う。



「それにしても……サービスエリア、寒いね」



寧々が、白い息を吐きながら、空を見上げた。


その横顔に、柊は一瞬、言葉を失った。



「………そうだな」


風の音。


遠くで鳴る観光バスのエンジン。


何でもないはずの風景が、

心だけを過去へ引き戻していく。





――昔は、冬が好きだった。


マフラーに顔をうずめる寧々を見るのが、なにより楽しみだった。


「半分こね」って笑って、マフラーを一緒に巻こうとしてくる。


その笑顔が、雪より眩しかった。


「俺得かよ」って、ふざけて笑った――。



あの光景が、いまは遠い夢みたいだ。



別れてから、寒い季節が苦手になった。


イルミネーションも、手袋をして歩く恋人たちも、

全部が彼女の残像を蘇らせるだけだった。



……でも、今は。


今だけは、冬へと移り変わるこの季節が、懐かしくて――涙が出そうだった。



ほんの少し赤くなった頬。


風に揺れる髪。



まるで、

“過去がもう一度、目の前に戻ってきた”ようで。



胸の奥が、じんわりと温かくなった。




「………そうだな。早く冬が来てほしいな」



自分でも、なぜそんな言葉が出たのかわからなかった。


寧々が、不思議そうに首を傾げる。



「柊君、冬好きだっけ?」


「……今は、ちょっとだけ」



そう答えると、彼女も少しだけ笑った。


その笑顔が、

あの冬と、静かに重なっていた。


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