修学旅行が始まる
――この鳥居の最後を、手を繋いでくぐった時、願いが叶う――
そんな言い伝えがあるらしい。
行きのバスの中。
ひとしきりカラオケで盛り上がったあと、話題は自然と「恋愛成就のジンクス」へ移っていた。
女子たちは、
「誰と手を繋ぐか」
「どうやって自然に繋ぐか」
そんな甘くて、どうでもいい作戦会議を、笑い声と一緒に広げている。
窓の外には、秋の陽を浴びて金色に揺れる稲穂。
車内の空気は、はしゃぎ疲れた笑いとエアコンの風で、少しだけぬるかった。
その、どこにでもある修学旅行の始まりの中で。
「柊君は、ジンクスとか信じる?」
隣の席。黒井が、窓の外を眺めながらぽつりと聞いた。
その声は、いつもより静かで、どこか遠い場所に向かって話しているようだった。
「信じないな。思い込みが発生させるバイアスみたいなもんだろ」
「うわー、夢ない」
黒井が薄い目をしてる。
けれど柊は、肩をすくめて前を向いたまま答えた。
「黒井は信じるのか?」
「んー……信じないと、やってられない」
一拍置いて、黒井は続ける。
「だから、信じてるよ」
柔らかい口調。
けれど、その奥には、どこか押し殺したような苦しさが混じっていた。
「それは、実体験か?」
「違うよ」
黒井は小さく笑って、手元のスマホを弄る。
その瞳の奥は、まるで何かを見ないようにしているようだった。
「この世界ってさ、
恐ろしいくらいに“非情でシンプル”なんだよ」
「……シンプル?」
「“嘘”を真実と思い込んで笑うか、
“本心”を偽って涙を流すか」
「結局、そのどっちかでしか選べないんだよ」
花火の夜――
闇に溶けそうな、あの黒井の横顔が脳裏をよぎる。
今のこの表情が、
“嘘”なのか、“本心”なのか――柊には分からない。
「……なんか、哲学だな」
「哲学?」
黒井が小さく笑う。
「違うよ。ただの人生論」
そう言って、再び窓の外に視線を戻す。
その瞬間、バスがトンネルに差し掛かる。
外の光が途切れ、数秒間だけ、車内が闇に沈む。
黒井の横顔が、ふっとこちらを向いた。
笑っていた。
――けれど、その笑みは、
まるで“助けを呼ぶ声”を、形だけ閉じ込めたみたいだった。
トンネルを抜ける。
再び差し込む中で、陽の光の中で、柊は思う。
(……黒井。お前、何を抱えてる?)
バスの窓に映る二人の影が、
揺れながら、重なっては離れていく。
それはまるで、
これから起こる“選択”と“分岐”を予告しているみたいだった。
――修学旅行という名の非日常は、
もう、とっくに始まっている。
全てが明らかになる――修学旅行編――




