表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/80

8年越しの花嫁

朝の陽射しは、真夏そのものだった。


駅前のロータリーでは、陽炎がゆらゆらと揺れている。



「お待たせ!!」



薄い水色のワンピースに麦わら帽子。


小走りでやってきた涼香が笑うと、

地面の熱気さえ、少しだけやわらいだ気がした。



「いや、全然。俺も今来たとこ」



ランはいつも通りの調子で笑う。


だが、胸の奥はどこか落ち着かない。



(“今来たとこ”って……テンプレすぎだろ、俺)



――

二人が向かったのは、駅前のシネコン。


冷たい空気が、火照った肌をなでる。



「アクション映画って、スズあまり見たことないけど」


「爆発ばっかりだよ。スカッとするぞ」



――そのはずだった。


チケット売り場に着いた瞬間、目当ての作品が“満席”の赤い札に変わる。



「………違うの見よっか」


「そうだね!!夏木君は他に何が見たい?」


「俺のは見れなかったし、涼香ちゃんが見たいやつにしよ」


「ん~……じゃあ、これ!!」



指差したのは、ゴリゴリの恋愛映画。



「お、おう」


(マジか……)



暗転した劇場。


スクリーンが白く弾けるたび、

涼香の横顔が淡く照らされる。


ランは、スクリーンに集中するふりをしながら、

隣に座る彼女の表情を、そっと盗み見た。



――来てよかった。



理由は分からない。


ただ、そう思った。



――


映画が終わり、夏の陽射しが再び世界を焼く。



近くのカフェで冷たいドリンクを頼むと、涼香は目を輝かせた。



「面白かった~!」


「そうだな」



席に着くなり、映画の感想を口にする。



物語は、病に侵された彼女と、周りに反対されながらも結婚式を挙げる青年の話だった。


式を辿り着くまでの葛藤や苦悩。


リアルな演技に、ランも気づけば少し目頭が熱くなっていた。



「あの後……やっぱり亡くなっちゃうのかな」


「どうだろ。生きててほしいけど……描かれてないってことは、そうかもしれないな」


「……でもさ」



ストローを指で回しながら、涼香が言う。



「描かれてないってことは、“分からない”ってことでもあるよね」


「……そうだな。“分からない”。最後まで見ないと」



その言葉に、

世界をまっすぐ見つめる、涼香らしい透明さを感じる。



「でも、もし自分が病気だったら……」



ぽつりと、涼香がつぶやく。



「スズは結婚式、したくないかも」


「えっ……そうなの?」



正直、意外だった。



「だって、好きな人を一人にしちゃうのに、

 一生外せない鎖を巻き付けるみたいで……」



ランは、一瞬言葉を失った。



「主人公は、その鎖を巻くことに意義を感じたんじゃないかな」


「意義?」


「“死ぬまで愛する”っていう呪いを、

 覚悟に変えてでも、伝えたかったんだよ」


「……それって、後悔しない?」


「後悔することを、“恥”だと思えるくらい、好きだったんじゃないかな」



涼香は、少し考えてから、ふっと笑った。



「そっか………素敵だね」


「まぁ、周りに止められたりしたら、逆に燃えるってのもあるしな」


「それだったら、すごーくやだ」



二人で笑った。



――


夕方、二人は川沿いへ足を伸ばした。


風がビルの熱気を流し、柳がさらりと揺れる。



「夏って、嫌いじゃないんだ」



涼香が呟く。



「暑いけど、空が綺麗で……

 どっちも、を取れない所が好き」


「詩人だな」



ランは照れ笑いしながらも、その言葉が胸に残った。



(“どっちも、取れないか”……

 柊と寧々が抱えてるものみたいだ)


一瞬、あの夜の花火が脳裏に蘇る。



――けれど、ランは首を振った。


今日だけは、目の前の彼女を見る。



「俺は……全部取りたいけどな」



空を見上げたまま、つぶやく。



「病気が治らないなら、俺が治す方法を探す。

 結婚式を反対されたら、全員が来てよかったって言わせる式を作る。

 誰かが不幸になるなら、俺が頑張って幸せに変える」



“俺は欲張りだから”――


ふと、柊の言葉が蘇る。



「お兄さん、詩人だねぇ」



涼香が笑う。


夏蝉の声が遠くで続いていた。



「なあ、涼香ちゃん」


「ん?」


「今日……ありがとう」



それだけ。



でも、精一杯の本音だった。


涼香は少し驚いたように目を丸くし、

すぐにふわりと笑った。



「お安い御用さ」



その笑みは、

花火より静かに、ランの心を焼いた。




――

駅まで戻る頃、空は群青色に染まっていた。


街のネオンが、ちらほら灯り始めている。



「今日はありがと。楽しかった」



涼香が軽く頭を下げる。



「こっちこそ」



夜風に涼香の髪が揺れる。


ランはその瞬間を、無意識に目で追った。



「修学旅行、楽しもうね!」



笑顔で手を振る彼女を見送りながら、

ランの胸の奥に、理由の分からないざわめきが残った。



――“何か”が起きる。

修学旅行の向こうに、そんな予感がひそんでいる。


夏の夜風は、

そのざわめきをそっとかき混ぜていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ