友情か、愛情か、それとも
夜空に弾ける花火の光が、世界を何度も鮮やかに塗り替える。
白、紅、藍。
色と轟音が交錯し、咲いては消える一瞬の中で、
その“男”はゆっくりと振り向いた。
「やあ。――こんにちは、柊君」
「………黒井………」
まるで、柊がここへ来ることを知っていたかのような声音だった。
花火の閃光に照らされた輪郭は、どこか現実感が薄い。
作り物の人形を見ているような、奇妙な違和感。
「…いや、違うか。こんばんは、柊君。
ここは、良い場所だね」
言葉が喉に詰まる。
「どうして」
「いつから」
――聞きたい疑問は浮かんでは消え、声にならない。
黒井は小さく息を吸い、微笑を残したまま視線を夜景へと向けた。
花火が上がるたび、その横顔は紅に染まり、
次の瞬間には闇に沈む。
その明滅が、やけに不気味だった。
「ここ、よく来るの?」
「別に……今日は、たまたま」
「そう。
でも……偶然にしては、面白い場所で会うよね」
黒井は、どこか楽しげに言葉を選ぶ。
声色に敵意がない。
けれど、背中をなぞるような寒気が消えなかった。
「黒井は、よく来るのか?」
「ん~そうだね。
――あ、柊君。ずっと立ってないで、隣に座りなよ」
「………おう」
促され、柊はためらいながら腰を下ろす。
黒井は、それを確かめるようにしてから、ゆっくり口を開いた。
「さっきの質問。よく来るかどうか、だよね」
「ああ。俺は……初めて来た」
「そうなんだ。初めて………」
花火を見上げる黒井の瞳が、淡く光る。
「僕はね。
すっごく昔に、来たことがあるよ」
「ほら。僕、身体が弱いでしょ」
「だからずっと、ここに来たくて来たくて、仕方なかった」
「なんでだと思う?」
突然の問いに、柊は少し考えてから答えた。
「……この場所が、有名だからか?」
地元に長く住んでいるが、そんな話は聞いたことがない。
「ううん。違うよ」
黒井は、今まで見たことのないほど柔らかな表情で、
指先を宙に走らせた。
その仕草は、誰かの記憶を掬い取るようだった。
「この場所をね。
すごく楽しそうに話してくれる人がいたんだ」
「本当に、楽しそうでさ」
「自分の大事な思い出を、僕にも分けてあげたいって。
そんな優しさを、確かに感じた」
一拍、間が落ちる。
「……でもね」
花火の光が消え、黒井の瞳に影が差した。
「僕は、その人と一緒に、ここへ来られなかった」
思わず、柊は問い返していた。
「……なんで」
「行けなかった、じゃないか。
――“行きたくなかったんだ”」
黒井はふっと微笑む。
その笑みは、どこか壊れそうで、痛々しい。
「僕は――その人の”思い出の場所”に、
自分が並べる気がしなかった」
「だから、遠くから眺めるだけで、満足することにした」
「……でも今日は違う」
花火が、再び夜空を染める。
「“明日の僕は、もっと強くなりたい”って思えたから」
「……いい言葉だな、それ」
「でしょ」
赤い光が、はにかむ頬をかすかに染める。
最初に感じた黒い影は、その一瞬だけ、霧のように薄れた。
「お前……その人が好きだったのか?」
「好きだよ」
即答だった。
「――誰にも、取られたくないくらい」
風が吹き抜け、花火の残響が森を震わせる。
揺れた黒井の髪の奥で、微かな声が零れた。
「…君にもね――」
「……ん? 今、何て?」
「ううん、何も」
黒井は、何事もなかったように夜景へ視線を戻す。
「……柊くんは、橘さんが好きなんだよね」
「なっ……お前……」
言い返しかけて、肩の力が抜けた。
「……まあ、そうだよ」
「やけに素直だね」
「うるさ。今日は花火大会だからな」
「良いもんだね。花火大会って」
「来たことなかったか?」
「………うん。だから、一生の思い出だよ」
「それは良かった。好きな人と来る花火大会は、もっといいもんだぞ」
「……そっか。来れるように、頑張るよ」
黒井は静かに笑った。
その横顔は、さっき“好き”を語った時のものとは違う。
花火が灯さなければ、
今にも闇に吸い込まれてしまいそうな――
そんな、危うい儚さを帯びていた。




