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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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65/80

友情か、愛情か、それとも

夜空に弾ける花火の光が、世界を何度も鮮やかに塗り替える。



白、紅、藍。



色と轟音が交錯し、咲いては消える一瞬の中で、

その“男”はゆっくりと振り向いた。



「やあ。――こんにちは、柊君」


「………黒井………」



まるで、柊がここへ来ることを知っていたかのような声音だった。


花火の閃光に照らされた輪郭は、どこか現実感が薄い。


作り物の人形を見ているような、奇妙な違和感。



「…いや、違うか。こんばんは、柊君。

 ここは、良い場所だね」



言葉が喉に詰まる。


「どうして」


「いつから」


――聞きたい疑問は浮かんでは消え、声にならない。



黒井は小さく息を吸い、微笑を残したまま視線を夜景へと向けた。


花火が上がるたび、その横顔は紅に染まり、

次の瞬間には闇に沈む。


その明滅が、やけに不気味だった。



「ここ、よく来るの?」


「別に……今日は、たまたま」


「そう。

 でも……偶然にしては、面白い場所で会うよね」



黒井は、どこか楽しげに言葉を選ぶ。


声色に敵意がない。


けれど、背中をなぞるような寒気が消えなかった。



「黒井は、よく来るのか?」


「ん~そうだね。

 ――あ、柊君。ずっと立ってないで、隣に座りなよ」


「………おう」



促され、柊はためらいながら腰を下ろす。


黒井は、それを確かめるようにしてから、ゆっくり口を開いた。



「さっきの質問。よく来るかどうか、だよね」


「ああ。俺は……初めて来た」


「そうなんだ。初めて………」



花火を見上げる黒井の瞳が、淡く光る。


「僕はね。

 すっごく昔に、来たことがあるよ」


「ほら。僕、身体が弱いでしょ」


「だからずっと、ここに来たくて来たくて、仕方なかった」


「なんでだと思う?」



突然の問いに、柊は少し考えてから答えた。



「……この場所が、有名だからか?」



地元に長く住んでいるが、そんな話は聞いたことがない。



「ううん。違うよ」



黒井は、今まで見たことのないほど柔らかな表情で、

指先を宙に走らせた。


その仕草は、誰かの記憶を掬い取るようだった。



「この場所をね。

 すごく楽しそうに話してくれる人がいたんだ」


「本当に、楽しそうでさ」


「自分の大事な思い出を、僕にも分けてあげたいって。

 そんな優しさを、確かに感じた」


一拍、間が落ちる。



「……でもね」



花火の光が消え、黒井の瞳に影が差した。



「僕は、その人と一緒に、ここへ来られなかった」



思わず、柊は問い返していた。


「……なんで」



「行けなかった、じゃないか。

 ――“行きたくなかったんだ”」



黒井はふっと微笑む。


その笑みは、どこか壊れそうで、痛々しい。



「僕は――その人の”思い出の場所”に、

 自分が並べる気がしなかった」


「だから、遠くから眺めるだけで、満足することにした」



「……でも今日は違う」



花火が、再び夜空を染める。


「“明日の僕は、もっと強くなりたい”って思えたから」


「……いい言葉だな、それ」


「でしょ」



赤い光が、はにかむ頬をかすかに染める。


最初に感じた黒い影は、その一瞬だけ、霧のように薄れた。



「お前……その人が好きだったのか?」



「好きだよ」



即答だった。



「――誰にも、取られたくないくらい」



風が吹き抜け、花火の残響が森を震わせる。


揺れた黒井の髪の奥で、微かな声が零れた。



「…君にもね――」


「……ん? 今、何て?」


「ううん、何も」



黒井は、何事もなかったように夜景へ視線を戻す。



「……柊くんは、橘さんが好きなんだよね」


「なっ……お前……」



言い返しかけて、肩の力が抜けた。



「……まあ、そうだよ」


「やけに素直だね」


「うるさ。今日は花火大会だからな」


「良いもんだね。花火大会って」


「来たことなかったか?」



「………うん。だから、一生の思い出だよ」



「それは良かった。好きな人と来る花火大会は、もっといいもんだぞ」


「……そっか。来れるように、頑張るよ」



黒井は静かに笑った。


その横顔は、さっき“好き”を語った時のものとは違う。



花火が灯さなければ、

今にも闇に吸い込まれてしまいそうな――


そんな、危うい儚さを帯びていた。


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