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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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二回目の花火

「今日の夏祭りどうする?」


練習試合をホームで終え、後片づけをしていた柊に、ランが声をかける。



「行かないかな。今日は用事あるし」


「は? 夏休みに用事とかあるわけないだろ」


「うるせぇ。お前とは違うんだわ」



軽口のはずなのに、柊の声はわずかに硬い。


その違和感に、ランは眉をひそめる。



「……お前、まさか橘さんか?」


「ちげぇよ」



顔を背けたままの即答。


逆に怪しさだけが残った。



「まあ、用事だから。お先」



逃げるように背を向ける柊の後ろ姿を、ランは黙って見送った。



「………………」




――

花火が夜空を裂き、轟音と光が夏の街を包む。


その喧騒から離れた森の石段を、柊は息を切らしながら駆け上がっていた。



「はぁ……っ、花火上がっちまった……」



練習試合で酷使した足は重く、汗は滝のように流れる。


それでも、足を止めることはしなかった。




――目的地は、この先にある小さなベンチ。





花火を一望できる特等席だった。


そして、彼にとって忘れられない“記憶の場所”でもある。





――



「………想像以上の階段だね……っ」



浴衣の裾を押さえながら、必死に登る橘寧々。


額に滲む汗さえ、花火の前触れのように輝いていた。



「すまんな。試合後に花火会場まで行くのは無理だと思って……。でも、ここなら見えるって」



振り返ると、寧々は肩で息をしながらも、柔らかく笑った。



「……いいよ。花火は、一緒に見る約束だもん」



その一言で、苦しい呼吸すら甘く変わる。


心臓の鐘は鳴り止まない。



「お兄さん……また、恋したね」



その声は、花火よりも熱く、彼の胸の奥に届いていた。



「うるせぇ………。もう花火上がるぞ」



照れ隠しに顔を背け、柊は再び階段を登る。



「……その顔は……ずるいよ………」



聞こえないように、寧々は小さく呟いた。



耳を赤らめ、目線をこっちに向けずに照れるその顔を、後何度見れるだろうか。


そんなことを考えながら、後ろ姿を見つめる。



――

「うぉぉお着いた!!!」



登りきった柊が、空に向かって叫ぶ。


遅れて辿り着いた寧々の視界に、夜の街が一気に開けた。



「……すごい。全部、見える」



言葉が、震える。


その瞬間、夜空を割るように大輪の花火が弾けた。



「きれい……!」



崖の縁に駆け寄る柊。


寧々は慌てて声を張る。



「守愛! 危ないよ!」


「んっ?」



振り返った柊の輪郭を、花火の閃光が縁取る。


夜の闇に浮かび上がったその姿は、言葉を失うほど美しかった。



「なんて!言った!寧々!」



花火の轟音に掻き消された声を求めて、柊がこちらを振り返る。



寧々は、叫んだ。


願いのすべてを、声に乗せて。



「――愛してるよ!!!!これからも、ずっと一緒に花火見ようね!!!!」



花火のせいか、登り切った息切れのせいか。


それとも、別の何かなのか。


照らされた柊の顔は、はっきりと赤く染まっていた。



「………当たり前だろっ!!!!!」



空へ向かって叫ぶ柊。


その声があまりに真っ直ぐで、寧々は笑いながら、そっと涙をこらえる。



――あの時、二人の心は同じ方向を向いているようで、まるで違っていた。



寧々は「置いていかないで」と願っていた。


柊は「ずっと一緒にいられる」と信じていた。



だから、この記憶は眩しすぎて、痛い。


そして今も、彼女を苦しめ続けている。



――

夜風に吹かれ、柊は現在へと戻る。


石段を登り切り、あの日と同じベンチへ辿り着いた。



「……はぁ……っ、やっと……」



胸の奥で響くのは、花火の轟音か、それとも心臓の音か。


そこには、あの日と同じ景色が広がっていた。


夜の街を覆う無数の光。空を切り裂くように咲いては散る花火。


視界いっぱいに広がるその光景に、思わず目を細める。




なぜ、ここへ来たのか。


彼女に会えるとは、思っていない。


それでも、高校二年の花火は――ここで見るべきだと、どこかで思っていた。



“寧々を守る”そして、“俺が死なない”。


その両立には、目立つ行動は不要だと、以前の自分は考えていた。



――だが、違う。


寧々が何度やり直しても辿り着けない“春”へ行くには、今までと同じでは、届かない。



“犯人“を。


”“元凶“を、見つけなければならない。



不思議なことに、怒りは湧いてこなかった。


その理由は、まだ分からない。


階段を登りながら、そんなことを考えていた。


だけど目の前にある花火を見たら、そんなことどうでもよくなった。



「今日は……ゆっくり見るか」



そう呟いた瞬間。


柊の目が、凍りつく。


――ベンチには、すでにもう一つの影が座っていた。


闇に溶ける輪郭が、花火の閃光に照らされ、静かに浮かび上がる。

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