三角な机
「お前ら、明日から夏休みだが――事故なく帰って来いよ~!」
「「はーい!!」」
わかばちゃんの軽いひと言を合図に、二年一組の教室は歓声と拍手に包まれた。
窓の外では、夏の光が白く跳ねている。
長い季節の幕開けを告げる鐘の音のように。
「……」
その熱気から少し離れて、柊は机に頬杖をついていた。
喧騒の中、どこか取り残されたような気分。
そんな彼の横から、穏やかな声が届く。
「………あんまり嬉しくなさそうだね、柊君」
「いや、嬉しいよ。でも………あちーからな、部活とか」
「そうだよね。外で走り回るなんて僕には難しいよ」
隣の黒井が小さく笑う。
一学期を通して席が隣同士。
最初に感じていた「得体の知れなさ」は、少しずつ薄れていた。
「まぁな、お前身体弱いもんな。ちゃんと涼んで過ごせよ」
黒井はあまり身体が強くない。体育の時間も激しい運動の時は参加せずみていることが多い。
「ありがと。………いつか、柊君とサッカーしてみたいな」
「黒井ができる時なら、いつでも相手してやるよ」
「………楽しみにしてる」
黒井は穏やかな笑みを浮かべ――ふと、話題を変える。
「そういえば。橘さんとは、最近どうなの?」
「どうって……。別に。長同士、上手くやってるよ」
不意に名前を出され、柊は思わず言葉を詰まらせた。
黒井は、気付かぬふりで続ける。
「そうなんだ。夏休み、彼女はどう過ごすんだろうね。
好きなら―――聞いてみれば?」
「馬鹿か。そんな簡単に聞けたら、苦労しねぇよ」
「じゃあ、僕が代わりに聞こうか? あんまり話したことないし」
「……いや、いい。聞くなら俺が聞く」
その瞬間、胸の奥にざらつく感情が走った。
黒井が寧々と話すのは、どうしても――嫌だった。
彼が悪いやつじゃなくても。
ほんの少しの“可能性”すら、与えたくなかった。
「そっか。……意地悪なこと言ってごめん」
黒井は静かに立ち上がる。
「僕、ちょっと用事あるから先に帰るね」
「ああ。……夏休み、楽しんでな」
「……またね」
――
「修学旅行どうしよっか………」
もう既に夏休みに突入している部活前のひと時。
部活組は午前で終わる終業式後、昼ご飯を食べてから始まる。
明日から一か月会えなくなるため、修学旅行の作戦を練るぎこちない柊と橘。
「なぁ。一つ聞いていいか?」
「なに?」
「なぜ青春の一ページに、私は参加をさせられているのか」
「まあまあ」
二人の間にいるのは担任のわかばちゃん。
机を三角の形にして向かい合っている。
「長二人で話し合えって言ってるだろ。私は忙しい」
「若林先生がいないと、しおりが進まないです」
「いや、だから。それをお前ら二人で進めるんだろ…」
二人とも当たり前に若林を入れて会話をしようとしてくる。
「でも、俺ら意見が真っ二つなんだよ。行く県すら決まってねぇ」
「それを多数決にするのか、全体一致にするのかを考えるんだよ――君らが」
「若林先生なら、どうやってまとめます?」
絶対に三角形で話そうとする二人に、流石に折れる。
「…………私なら、まず三つの県から、二つの選択肢に減らす。
そこから具体的な「行きたい場所」を洗い出し、一つの意見にまとめる。現実不可なら話し合って一つに絞る」
「……とても合理的ですね」
「まぁ私は大人だから合理的に話を進めるし、周りの大人も合理的になってくれる」
「でもなぁ…」
「そうだ。お前らがまとめるのは大人じゃない。“高校生”だ。泣き出す女子や、ふざける男子が出るのも込みで――難しい」
「それなぁ………」
学生の決めごとに欠かせない「ちょっと男子~」やそれを発生させるおちゃらけ男子。
日々の教員の難しさを体験している両者だった。
「けど、だからこそ意味があるんだよ」
若林は二人の顔を順に見て、柔らかく言った。
「高校二年生のお前らが本気でぶつかって、一つの“しおり”を作る。
その過程に、“意味”があるんだ」
それだけ言い残し、彼女はそっと立ち上がる。
「……うわ、逃げた」
「ほんとね」
思わず顔を見合わせ、二人は小さく笑った。
そして残された時間いっぱい、肩を並べてしおり作りに取り掛かった。




