二度目の夏が始まる
街灯の下を、一人の少年が歩いていた。
黒井由吏――。
転校初日をどうにか終え、手続きを済ませたころには、
すでに空は群青に沈み、蝉の声も息をひそめていた。
夜風に吹かれながら、彼は頭の中でクラスの名簿を反芻する。
そして、その中にあった一つの名前に指が止まる。
――橘寧々。
その瞬間、足が止まった。
「……また、その名前か」
呟きは夜気に溶け、路地に吸い込まれる。
偶然か、必然か。胸の奥がざらつく。
黒井の胸ポケットには、一枚の古びた紙片が忍ばされていた。
取り出した指先に震えが伝う。
掠れた文字が、夜の光の下で浮かび上がった。
「“彼女を――ければ、――は死ぬ”」
読むたびに、心臓の鼓動が冷たくなる。
紙を握る手のひらが、湿っていた。
春の夕暮れに、柊とランが笑い合っていたあの光景とは対照的に、
黒井の瞳には、季節外れの影が宿っていた。
「……これが、俺の使命だ」
誰に聞かせるでもない言葉が、夜風にかき消える。
その声は、決意と、かすかな祈りのようにも聞こえた。
―翌日。
二年二組の教室は、いつも通りのざわめきに包まれていた。
「それで、ここがこうなってさ~」
授業を流すことなく真面目に聞くクラスメイト。
そろそろ定期テストが近い時期になり、それが終わると夏休み。
夏休みが明けると学生最大のイベント。修学旅行が待っている。
最高の思い出を作る為、定期テストで躓くわけにはいかない。
「もう難しいよ~!」
涼香が眉を寄せ、机にノートを叩きつける。
「どこが分からない?」
「ここだよ、ここ! この関数のとこ!」
隣のランが、自然に席をずらしてペンを走らせる。
「……そういうことか!ありがと!」
パッと顔を輝かせた涼香は、思わずハイタッチを差し出す。
不意打ちに驚いたランだったが、苦笑しながら手を合わせた。
「ありがと、ラン君! やっぱり頼りになる~!」
「はは……まぁ、これくらいなら」
軽いやり取りの中に、柔らかな空気が流れていた。
「てかさ!修学旅行、めちゃめちゃ楽しみだよね~!」
「だね。ただ、”長”の仕事が思ったより大変そうだけど…」
「仕事をこなしてこそ、余暇が輝くものさ!!」
胸を張って言い切る涼香に、ランは笑わずにはいられなかった。
――そう、今年の二年二組の「長」は、この二人。
柊と橘のために立候補するつもりだったランだったが、
「二人でやってほしい!」という声がクラスに広がり、自然と決まったのだ。
「俺たちのクラスはどこに行こっか」
修学旅行では、各クラスが独自に行き先を決められる。
京都・神戸・大阪の中から選ぶことが出来る。
二泊三日である為、クラス全員でなら県をまたいでの移動は可能な自由度の高い旅である。
長は、クラスメイトの多様な意見を聞き予定表代わりの“しおり”を作成することが義務付けられている。
「まぁ、テストも夏休みもあるし、まだ先の話だけどな」
「…テストぉ……」
さっきまで元気だった涼香は、机に突っ伏してスライムのように溶ける。
「……落差すご」
ランが笑いをこらえきれず、つい吹き出す。
――
学生たちの永遠のライバル、定期テストと格闘すること数週間。
春の涼しい風が懐かしくなるように、頬に汗が流れる季節に移り替わる。
テストの終わりを告げると、同時期、夏の開幕を告げる音が外の木から聞こえるようになっていた。




