重なる想い
「……そいつも――“春をやり直している”」
柊の低い声が、放課後のグラウンドに溶けていった。
言葉にした途端、二人の胸に広がったのは、確信に近い恐怖だった。
――同じ頃。
私は、教室でカバンを閉じながらふと窓の外を見ていた。
今日の空はやけに重たくて、胸の奥がざわついて仕方ない。
あの日から。
彼を失って、何度も春を繰り返して――。
その記憶を抱えたまま今を生きる私にとって、“変化”には敏感なはずだった。
でも今日のそれは、はっきりした形を持たない。
ただ、視線がかすかに触れるたび、心の奥を冷たく撫でていく。
(転校生……黒井由吏)
初めて会ったはずなのに、なぜか知っている気がした。
教室に入ってきたとき、思わず息を呑んだ。
――あの時と同じ、空気の匂い。
そして、彼もまたこちらを探すように視線を合わせてきた。
ほんの一瞬のこと。
けれど、その瞳の奥に浮かんだ“色”を、私は知っていた。
(……これは、偶然じゃない)
胸の奥で、そう呟いてしまった。
彼の存在が、この“春”の均衡を揺らしている。
――また、始まってしまうのだろうか。
私が恐れているあの繰り返しが。
「………いいえ。私はもう負けない」
弱気を出しそうになる唇を、勇気で塗りつぶす。
柊の未来の夢を聞いたあの日。
あの光が、今も胸の奥で消えない。
私はもう、“春を繰り返せない”のではないかと感じていた。
確信に満ちた予感が、ひしひしと身体中を覆っていく。
引き金が何かは分からない。
けれど――その中心に柊の死があるのは、疑いようもなかった。
だから。
「守愛を生かすことで、春を終わらせることができる」
その言葉を、胸の奥で固く握りしめた。
何度だって迷った。泣いた。諦めかけた。
それでも。
私はもう、あの頃の私じゃない。
――
「どうすんだよ柊」
部活動を終えた帰り道。春の夕暮れはまだ冷たく、吐く息が白い。
並んで自転車を漕ぎながら、ランが問いかけた。
「どうするも何も……まだ何もできねぇよ」
「できねぇって……。まぁ、そうだけどさ」
黒井がその”犯人”なのか、まだ判断材料が少なすぎる。
だから、一度最悪の想定を頭の隅に保管しておく。
柊はふっと息を吐き、ペダルを止めた。
ギィ、とブレーキ音がして、二人の自転車が並んで止まる。
「することは一つしかねぇ」
「おい、急に止まんなよ。で、その一つって?」
「寧々を守る。そして、俺は死なない」
沈黙。
その言葉が夜風よりも冷たく胸に刺さる。
「このループのトリガーは、俺の死だ」
「……柊の死が? そんなん橘さんかもしれねぇだろ」
「直接的な所は分からない。だけど、俺が死ぬことで寧々の死が誘発される。
だったらラインは単純だ。“俺さえ死ななければ”――寧々は生きる」
ランは眉をひそめ、首をかしげた。
「……まぁ……そう、なのか?」
理解しきれないままでも、友として受け止めようとする。
「要するにお前は、誰も死なせないし橘さんと幸せになんだろ?」
「あぁ。俺は、欲張りで強欲だからな」
一瞬の沈黙のあと、二人で吹き出す。
再び自転車を漕ぎだした二人は、先ほどより力強かった。




