心は熱いうちに打て
「柊じゃなくて俺がいいみたいだ、この子は俺と結婚するって うける」
――クソみたいな夢を見た。
夢の中で、ランは笑っていた。
目覚めた瞬間、鼓動が速かった。嫌な汗をかいていた。
おかしい。俺の知ってるランは、他の子と結婚するはずだ。
俺は、その結末を知ってる――なのに。
もしかして、これが“高校一年生の魔力”ってやつなのか。
”好敵手との戦い”――そう思わせる年頃か。
「鉄は熱いうちに打て」なんて言葉があるが、
まさか俺の、すっかり冷えた鉄を見透かしてきたのか。
――ランのことは、昔から知っている。
いや、正確には“知るようになった”のは、中学のときだ。
それまで、俺たちは仲が良くなかった。
俺と同じくらい我が強いけど、ランは俺と違って周りともちゃんとやれていた。
たとえば、サッカーの試合で負けた時。
俺は「やってない奴が、やってる感じを出すな」と怒鳴ってばかりだった。
結果=努力。そう思っていた。
結果が出ない努力なんて、ただの言い訳。そんなの努力とは呼べない――そう信じていた。
けれど、ランは違った。
もしかしたら同じように思っていたのかもしれないけど、
それを表に出さずに、相手の「できなさ」に向き合い、共に考えることができる奴だった。
そんなランと、距離が縮まったのは中二の時。
先輩が引退し、サッカー部の新キャプテンを決める場面だった。
俺は、自分が一番うまいと信じて疑わなかった。
当然、自分がキャプテンになるべきだと思っていた。
だが、俺の協調性のなさを危惧した周囲は、ランを選んだ。
2番目にうまくて、さわやかで、人ともうまくやれて――
当然俺は、内心キレていた。
(さわやかでサッカーがうまいが、他人となれ合っている奴)
それが、当時の俺がランに貼ったレッテルだった。
――
そんなある日、事件が起こった。
練習試合の相手は血の気の多い連中で、悪質なプレーが目立っていた。
肩をぶつけてくる、足を削る、罵声を浴びせる――ついに乱闘寸前までいった。
俺が先陣を切って相手に向かおうとした、”その時”だった。
誰よりも先に飛び込んだのは、ランだった。
すました顔で、迷いもなく、相手に”飛び蹴り”を食らわせていた。
その一瞬が、スローモーションのように見えた。
俺の中で響いていたあのレッテルが、ガラガラと音を立てて崩れた。
「こいつ……おもしれぇ、いかれてる」
その日から俺は、ランをただの敵じゃなく、
対等で――どこかで“仲間”だと、認識し始めていた。
――
だから、今になってわかる気がした。
ランが俺に仕掛けてきたあの言葉も、橘寧々と“長”を組んだ理由も。
あいつは、俺を見ていた。きっと、ずっと。
前回の柊の高校時代は、強くあろうとした。
誰よりも勝ちたくて、誰よりも上に立ちたくて、
負けられなくて、ずっと誰かと戦っていた。
ランは、そんな俺を――“面白いやつ”だと思って、そばにいてくれたんだ。
でも、今の俺は違う。
臆病で、争いを避けて、真正面からぶつかることを恐れている。
優しさのつもりで距離を取っているけど、それは逃げなのかもしれない。
ランは、それを見透かしていたのか?
俺の冷え切った鉄を、もう一度熱くしてやろうと?
それとも、そんな俺を“つまらないやつ”だと思ったから?
それは分からない……けど。
――確かに、俺の中の“鉄”が、少しだけ熱を帯びていた。
脈打つように、ドクドクと、何かが流れ始めていた
「……おもしれぇ。そっちがその気なら――やってやるよ」
沈んでいた血が、再び沸き上がる。