春を、やり直している
「――柊のクラスに、転校生が来たらしいな」
放課後、部活前。
校舎裏の風が少しだけ涼しくなっていた。
ランは自販機の缶ジュースを片手に、何気なく切り出した。
「ああ……そうだな」
曖昧な返事。
その声音に、ランはすぐ違和感を覚える。
「……? なんだよ、それ。なんかおかしいのか?」
「んー……どう言えばいいか分からないけど、一言で言うと“違和感”」
「違和感って……未来でも見た子だろ?」
柊は少しだけ目を伏せて、静かに首を振った。
「俺が過ごした前の“春”に、あいつはいなかった」
その瞬間、ランの目が大きく見開かれた。
言葉より早く、驚きが顔に出る。
そして次の瞬間、肩を掴んで詰め寄った。
「おい。おいおいおい。それヤバいだろ
未来が……変わっているってことだろ!」
「そうだ。未来が変わっている」
柊は静かに肯定する。
その声音には焦りも怒りもなく、ただ冷たい確信だけが滲んでいた。
「でも……」と柊が続ける。
「でも?」
「今までも、寧々と同じクラスになっていたり、俺だけが記憶を保っていたり――
いろんな“ズレ”が起きてたんだ」
「それは、お前が橘さんを守ろうとして頑張ってるからだろ」
その言葉に、柊は小さく首を振った。
「いや……そうじゃない。違うんだよ」
「何が違う?」
柊は一瞬黙り、ゆっくりと口を開いた。
「“裏切者”って言葉――女の子に言うとき、どういう時だと思う?」
ランは息を呑む。
柊が刺されるときに犯人が発していた言葉だった。
寧々に憎悪を向けながら、殺意を形にして行動を起こしていた。
その”単語”にずっと疑問に思っていた。
どういう感情になれば、発するのだろうと。
「急になんだよ……そりゃ、裏切られたと…」
「おい。そういうことか………最悪じゃねぇか」
ランの顔から、血の気が引いた。
柊の言葉が、最悪の可能性を形にしていく。
「“犯人”は、寧々に好意を寄せていた。
それも、どれだけ時間を巻き戻しても、まとわりついてくるほどに」
沈黙。
ランもまた、同じ結論に辿り着いてしまっていた。
その目が、柊の瞳を恐る恐る覗き込む。
「お前にも、もう見えてるはずだ。俺より勘のいい夏木歩なら」
「柊……やめろ」
ランが遮る。声が震えていた。
柊が口を閉ざす。だが、二人の間に流れた不吉な確信は消えない。
ほんの数秒。
風が、木々を揺らした。
その音の中で、柊が低く呟く。
「――そいつも、“春をやり直している”」
その言葉が放たれた瞬間、
世界の温度がひとつ下がった気がした。




