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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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転校生

ガラガラッ――

2年1組の教室の扉が、朝のざわめきを切り裂くように開いた。


担任の若林が、意味ありげな笑みを浮かべる。


「はい、みんな席につけー。今日は転校生を紹介するぞ」


ざわ…とクラスの空気が変わる。


「え? 誰か転校してくるの?」

「このタイミングで……?」

「何者だよ〜」


春の始業式から数日、ようやく慣れ始めた教室に、新しい異物が投げ込まれた瞬間だった。


「じゃあ、入ってきて」


呼ばれたその足音は、妙に静かで、無駄がなかった。


黒髪の長めな前髪。涼しげな目元に、どこか憂いのような雰囲気を纏っている。


整った顔立ち。だが、“整いすぎていない“絶妙な乱れが、逆に人の視線を引き寄せた。



彼の名は―――


「黒井 由吏です」


「よろしくお願いします」


低く落ち着いた声。

一礼する仕草まで隙がなく、教室に目に見えぬ波紋を広げる。


女子たちのささやきが、途切れ途切れに弾ける。


「え、顔良くない?」

「声落ち着きすぎでしょ…」

「ちょっと気になるかも…」


男子の何人かも、様子を伺うように視線を交わす。


その中で、ひとりだけ。


教室の中程に座っていた橘寧々が、すっと顔を上げた。


何故顔を上げたのか、それは分からない。


ただ、聞いたことのない“単語“が聞こえ、反射的で動いていた。



「転校生?」



頭の中で、疑問符が止まらなかった。


そして、転校生と目が合った。


ほんの一秒にも満たない時間


だが、時間が伸びるように感じた。


由吏は、ほんの少しだけ――微笑んだように見えた。


けれどその笑みは、温かさというよりも、“何かを知っている”ような。


寧々の胸が、すっと冷たくなる。



(……誰?)

(……あの目は、何?)



「じゃあ黒井は、柊の隣の席なー。空いてるし、よろしく」


「……え、あ、おう」



柊の声は、いつになく硬かった。


黒井が腰を下ろすと、その瞳は真っ直ぐ柊を見据える。


「よろしくね、柊君」


「ああ…よろしく」


微笑みを返す事も、見つめ返す事も出来なかった。


何故かは“まだ”分からない。


――この瞬間から、何かがずれ始めていた。



寧々には、それがはっきりと分かった。


時計の針の音が、やけに大きく聞こえる。


そうして始まる、二年生の春。


彼の登場は、未来に向けた「歪み」への第一歩だった。


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