柊の宣戦布告
ガラガラッ――
教室の扉が、静かに開かれた。
「………!!」
窓際で外を眺めていた橘寧々が、弾かれたように振り向く。
驚いたその瞳が、誰よりも脆く揺れていた。
──もう、誰も戻ってこない時間のはずだった。
部活動の時間。教室には自分ひとり。そう思っていたから。
「ち、違う………!!」
席を立ちながら、寧々は必死に否定する。
彼女が座っていたのは、柊守愛の席だった。
そして──涙をこぼしていた。
その姿を見た瞬間、心が、心臓が、ぎゅっと締めつけられた。
今すぐ抱きしめて、大丈夫だよって、言ってやりたかった。
……だけど、それだけじゃ意味がない。
それじゃ、根本的な解決にならない。
だから柊は、正面から告げた。
「橘さん、俺と――“長“しようよ」
椅子から立ち上がろうとした寧々に向けて、優しく問いかける。
「………!!」
寧々の目が、大きく見開かれる。
まるで、プロポーズのようだった。
時間が止まったような、静寂が教室を包む。
その中で、寧々は絞り出すように答える。
「私は、長なんてしたくない………」
「私は、もう………関わりたくない………」
柊は、なにも言わなかった。
「……そうだよね。したくないって、思うよね」
けれど、それでも聞きたいことがあった。
「ひとつ、聞いてもいい?」
柊は、ゆっくりと教卓の前へ歩き、振り返って尋ねる。
「橘さんは――将来、何になりたい?」
寧々の目から、再び涙が零れる。
彼女にとって、柊と”未来”の話なんて──苦しすぎるに決まってる。
それでも柊は、逃げなかった。
死に、未来に、彼女自身に。
そして“世界”に向かって、真正面から、宣戦布告するように。
「私は………私は、分からない………」
その声は、今にも消え入りそうだった。
「そっか。俺は………俺の夢は――」
柊は黒板に向かい、チョークを握る。
そして、その夢を、でかでかと書きなぐった。
まるで世界に”見ておけよ“、と喧嘩を吹っかけるみたいに。
「――これが、俺の夢」
振り返ると、寧々は床に座り込んで、うずくまって泣いていた。
「な……なんで……それって………」
その嗚咽混じりの声に、柊は静かに答える。。
「………今度こそ、俺はなるよ」
――橘寧々が、何回春をやり直しているのか知らない。
それでも、今回は違う。
今回は、俺もやり直している。
俺と寧々が組んだら――無敵なんだよ。
「……うん。分かった。私も“長“する」
柊は、泣きじゃくる寧々が落ち着くまで待ってから、部活に向かった。
──残された教室で、ひとり。
彼女は黒板へ歩み寄り、柊が書いた夢の文字を優しくなぞる。
そして、その横に、小さな文字で書き足す。
「私の夢はね――」
この想いが届くのか分からない。
でも、一人で抗うより、二人で抗えば何かが変わるかもしれない。
そんな淡い希望を、そっと胸に灯す。
だけど“世界”は、そんな“二人“に試練を与える。
「ここが、あの子のいる学校か………」




