第二章 すれ違う二人
「……一緒に勉強しませんか?」
――そう声をかけてくれたのは、隣のクラスの、少し目立つ男の子だった。
チャラそうに見えて、意外なほど真面目で。
どこまでも誠実で、まっすぐで――
……そして私の目の前で死んだ、大好きな人。
数ヶ月前。
私は突然――高校一年生の春へとタイムスリップした。
もう、二度と会えないと思っていた。
名前を呼ぶことも、触れることも、叶わないとそう、思っていた。
だから――
再び彼の姿を見た瞬間、私は気づけば駆けだしていた。
人目なんて、どうでもよかった。
泣いて、泣いて、泣いて――
どうしようもないほど、感情があふれて、止まらなかった。
声にならない想いが、頬を伝って止まらなかった。
そんな私に、彼は数か月後――あの時と同じ声で、同じ笑顔で言った。
「今度の土曜、空いてる?……勉強しない?」
それが、たまらなく嬉しかった。
(この人は、どれだけやり直しても、私を見つけてくれる)
(何度でも――私を、好きになってくれる)
でも、それでも。
結末は、いつも同じだった。
――”彼は、死ぬ”
私が泣き叫んでも、足掻いても。
そして私は、そのあとを追ってしまう。
――気がつくと、また”あの春”に戻っている。
無限ループの世界の中で、何度も何度も彼と出逢い、恋に落ち、そして、失う。
一度だけ、私は彼に真実を打ち明けたことがある。
「あなたは、何度繰り返しても、最後には死んでしまうの……」
彼は黙って、私の言葉を受け止めてくれた。
そして翌日、私の家の近くに小さなアパートを借りてきた。
「……そばにいる」
高校生の彼が、一人暮らしをしてまで、私のそばにいてくれた。
どんな朝も、どんな夜も。
だけどそれでも――彼は、大学生になった時、また“あいつ”に殺された。
私を庇って。
でも………前回だけは違った。
結婚を考え始めた頃、私は彼と別れた。
涙を飲み込んで、縋りたい気持ちを殺して。
“裏切り”にならなければ、“あいつ”は動かないかもしれない。
それが、唯一の希望だった。
けれど結局、私はまた彼に会いに行ってしまった。
たった一度、それだけだったのに。
そして彼は――やっぱり、死んだ。
愛しても、笑っても、抱きしめても。
最後には、彼を殺してしまう。
だから、今回の至上命題はこれ。
――彼と出会わないこと。
――近づかないこと。
――愛さないこと。
「……もう、見たくない……」
何度繰り返しても、運命は変わらなかった。
どれだけ抗っても、未来は塗り替えられなかった。
「守愛が、死ぬところなんて……もう、見たくないよ……」
それでも――
彼の声を聞いたら、きっと私はまた、恋をしてしまう。
それが、私の”罪”
――
桜がまた、咲いた。
まるで何もなかったかのように、春が巡ってくる。
だけど、俺は知っている。
この季節は、もう二度と「ただの春」じゃない。
柊の制服の袖を、春風がふわりと揺らした。
昨日までの一年が、遠い過去に思えるほど、校舎の雰囲気は少しだけ変わっている。
昇降口で、新しいクラスの一覧が貼り出されていた。
掲示板の前は、期待と不安が入り混じった声でざわついている。
「……マジかよ」
その紙を見つめて、柊は絶句する。
――2年1組 柊 守愛
――2年1組 橘 寧々
(……なんで、同じクラスなんだよ)
心の中で叫んだ。
誰よりも、避けたかった。
誰よりも、顔を合わせたくなかった。
(だって――)
彼女は、俺のためにすべてを犠牲にした。
命を守るために、恋を殺した。
それを知ってしまった今、簡単には、笑えない。
「柊ー!俺ら同じクラスじゃん!」
後ろから肩を叩かれ、思考が戻る。
振り返ると、井上がにやにやと笑っていた。
「ん? ……あれ、顔色悪くね?」
「……いや、大丈夫」
無理やり笑って見せたけど、自分でも分かってる。
たぶん今、ひどい顔をしてる。
教室に入ると、すぐに気配で分かった。
奥の窓際――
彼女が、いた。
橘 寧々。
制服の襟を整え、ふとこちらに目を向ける。
目が合った。
「……」
「……」
互いに、言葉が出なかった。
(寧々……)
表情は、去年と変わらないようでいて――どこか、決定的に違っていた。
仮面のように穏やかな顔。
でも、その奥には、諦めにも似た“覚悟”が滲んでいた。
柊は、視線を外し、静かに自分の席へ向かった。
そして、心の奥で固く決意する。
(もう、巻き込まない。
これ以上、寧々に無理をさせたくない)
(だから俺は――距離を取る)
前回一年生の時に付き合っていた為、二年三年生と寧々とは同じクラスにならなかった。
それが変わったことで、運命の配置が――ずれてしまった。
望んでいなかったはずの交差点に、皮肉にも二人は再び並ぶ。
避けたかった春の続きが、また、ここから始まる。
第二章 二年生編




