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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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53/80

真実は、真っ白だとは限らない


窓が、開いていた。


朱に染まった風が、頬を優しく撫でていく。


教室の中も、まるで夕焼けが息を吹き込んだように赤く染まっていた。


全てが赤く染まっていた。


そこに、一人。柊は座っていた。


ほんのさっきまで体育祭の余韻に包まれていたはずの空間。


笑い声、歓声、拍手――そのすべては、今はもう風の中。


談笑していたクラスメイトは、部活へ。


あるいは、帰り支度を整えて、次の予定へ。



けれど柊だけは、そこから動けなかった。


いや――本当は、動きたくなかったのかもしれない。



教室の隅で、柊はぼんやりと窓の外を見ていた。



「俺じゃ、なかったんだな――やっぱり」



自嘲気味にこぼした独白は、静かに夕空へ溶けていった。


――

あの騎馬戦の最終局面。


勝敗が決した瞬間、寧々の声が、風に乗って届いた。


――ラン。


間違いなく、その名を呼んでいた。


聞き間違いなんかじゃない。願望でも、幻聴でもない。


はっきりと、彼の耳に届いた。



騎馬戦には勝ったが、けれど――


彼女の心は、掴めなかった。



「…俺が寧々を好きなように、ランも寧々が好きで……」


「そして、寧々が応援するのは――ラン、なんだよな」



口に出した瞬間、その現実が喉を突き刺した。


息を呑み、言葉を途切れさせる。


そこに見える“答え”は、直視するにはあまりにも残酷だった。


何年も、何十年も、積み重ねてきた想いだった。


他人に比べられるものじゃない、時間の重み。


それだけは誰にも負けないと思っていた。


それなのに。



「……クソ。昔の俺なら、直接聞きに行ってたんだよな」



独り言に、悔しさと哀しさが滲む。


身体は高校生。

でも、心は大人になってしまっていた。



何かを手に入れるために、”代償”を計算するようになった。


相手の心に土足で踏み込むことに”躊躇”するようになった。



“諦める”という選択肢を覚えてしまった。



それは、賢さかもしれない。


でも同時に――臆病さでもあった。


枯れ切っている心に、水をやる術が分からない。


もう、あの頃のようにまっすぐじゃいられない。


そんな自分が、たまらなく情けなくて、悔しくて――



その時だった。



「おい、俺に勝ったツラじゃねぇな」



背後から、風を裂くような声が届いた。


振り返れば、そこにランがいた。息を切らし、額に汗を浮かべながら。



「……なんで、お前がここに」


「お前に、会いに来たんだよ」



柊の胸が、小さく脈打つ。


風がふたたび吹いた。



――

「ランには…勝ってねぇよ」


「勝ったじゃねぇか。ハチマキ、俺は取れなかった」


「そうじゃない、そういうことじゃない」


「……橘さん、か?」


固くなに勝ちを認めない柊に、回り道せず問う。



「ああ。寧々は、お前が……」



「違う。橘さんが好きなのは、お前だ。柊」



柊の瞳が揺れた。


怪訝な顔。怒気を含んだまなざし。



「……そういうのはいらない。みじめだ」


「あ?お前が可哀そうで、そんなこと言ってると思ってるのか?なめんなよ」


「じゃあ、どこをどう見たらそうなるんだよ!!」



柊の怒声が教室に響いた。


苛立ち、羞恥、戸惑い――そのすべてが入り混じった、叫びだった。



「夏祭りの夜、俺は橘さんに告白した」


「っ……!」


「それで、振られた」


その言葉に、ランの声は悲しみを滲ませていた。



「だから、あの勝負はな――俺の“未練”だったんだよ」



「じゃあ、なんで応援したんだよ!!寧々は、お前を………!!」



「さあな。本当の事は知らない。でも…」



ランはゆっくりと目を伏せ、静かに言葉を落とす。



「橘さんはお前の為に――俺に勝ってほしかったんだよ」



「は?」


ぽつりと漏らしたその言葉に、冗談にしか思えなかった。


だが――


「……ごめんな、橘さん」


その声には、謝罪と、何かを決意したような固い意志が混じっていた。


「なぁ、柊。お前も、薄々気づいてたんだろ?」


「………何が、だよ」


ランの瞳が、射抜くようにまっすぐ向けられる。



「橘さんは――“未来”からきてる」


「柊、お前を救うために」



「………は?」



柊の思考が、硬直する。


感じたことのない感情に心が支配される。


だけど――

見たことないくらい辛そうな顔をしているランが、俺の目をまっすぐ見ている。


(嘘じゃねぇのか………?)



「ちょ、ちょっと待て。寧々が未来からきた?お前、何を………」


だが、言葉とは裏腹に、頭の中で何かが繋がっていく。


線と線が、音もなく結ばれていく。



薄々そうなんじゃないか、そう思っていた。


俺の知っている未来と合わない部分が多すぎる。


だけど、そんな非現実なことが起きていいのか。


俺自身が巻き起こした妄想だ、と考えないようにしていた。



「ああ。橘さんは未来からきている」


「あと………」



「柊、お前も………未来”からきてるだろ?」



「っ!!!」


心臓にナイフを突き出されている感覚だ。


この男には、なにが見えているのか………



「柊も、橘さんも同じこと言ったんだよ」


「………”俺はまだ、恋をしないはず”ってな」



悲しい顔をしながら、問いかける。


俺は、もう否定する気力はなかった。



「………ああ。そうだ。俺は――未来から来ている」


「そーだよな……。やっぱ当たってんだな」


「いつ気づいた?」


「元々、橘さんが未来から来ていたのは本人から聞いていた。

 そしたら、お前の行動にも違和感が多くて、自然と……な」


柊は、小さく息を吐いた。


「そうか………」


「ああ。だから、騎馬戦も未来を見ているお前を逆手にとって、作戦を考えた」


「だからあんな読まれていたのか……」



ランとの未来を知っているのに、悉く読まれていたのは、ずっと気持ちが悪かった。



「すまんな、ずるした」


「いや、俺のほうがズルい。未来の経験を使って勝とうとしてた」



「「ふっ」」



二人で吹き出した。


いつの間にか二人で謝りあってることが、なんだかおかしくて。



「いやぁ。本当に未来から来たってよくわかっ……

おい、おかしいだろ」



言葉が途切れる。

妙な違和感が、後頭部を鈍く叩く。


この人生は、俺が死んで、春をやり直すための世界――


そうじゃなきゃ、おかしい。



「……ああ。おかしいよな」



ランが憐れみを帯びた声でうなずく。



「お前、さっき言ってたよな。“俺のことを助けるために”寧々が応援したって」



声が震える。


「………言ったな」



「でも俺は――好きだって言えないまま、突然死んだんだ」



「………っ」



「だから、“助けるために”っておかしいだろ………?」



(あぁ、やっぱりそうか)


脳の奥が、冷える。

そして、恐れていた仮説が、確信へと変わった。



「………なぁ柊」


「俺は………橘さんからお前の”死に方”を聞いて、協力することにした」



「協力………?」



「“お前が死なない未来”を作るために――」


「……つまり、“お前と付き合わない春”を、探そうとしたんだ」



「なんで……なんでそれで、寧々と付き合わないって話になるんだよ……!」



「お前が……橘さんのストーカーに“殺される“からだ」



時間が止まった。

音が、空気が、全てが凍りついた。

なのに、耳鳴りだけが、ひどくうるさい。



「違う………俺は、そんな死に方は、してない………」


首を振り、事実を認めようとしない柊に優しく語り掛ける。


「ああ。そうだな」


「たまたま”前回”は違う死に方だったんだ」



空気が、重力が、すべてがねじれる。



「柊。橘さんは、“お前が死なない春”を探して、何度も――」


「――何度も、春をやり直してる」



「心を削って、自分を壊しながら……それでも、お前を救おうとしてる」


「――“お前と付き合わない”未来が、唯一の希望だったんだ」



柊の膝が、崩れ落ちた。


足元が抜けたように、地面がぐにゃりと歪む。



寧々が――俺のために?


「……俺は……」


言葉が、出ない。


涙すら、出ない。


底の見えない深い闇の中へ、静かに沈んでいく。



ただ一人の春を、救うために。


彼女は――何度も、同じ季節を生きていた。


その想いが、胸にのしかかる。


何も知らずに笑っていた俺は、

知らぬ間に、何度も――彼女の春を壊していた。



「………寧々は、春を………何度もやり直してる」



呟きは、どこか虚空へと溶けていく。

どこまでも、果てしなく深い、闇の底へ。




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