運命の”切符”は、どちらの手に
「神様………ありがとう!!!こんな戦いを見してくれて!!」
きもすぎる実況に、誰もツッコまない。
「かつてこれほど熱く、重く、青春を懸けた“延長戦”があっただろうかッ!!
勝った方が総取りッ!!もう誰も逃げられない!!」
応援席からも悲鳴混じりの歓声が巻き起こる。
それくらい、会場は熱気で満ちていた。
「それでは延長戦に行くにあたって、ルールを振り返りさせていただきます!」
「先ほどのステージとは異なり、相手は目と鼻の先になります!馬は一人のみ肩車状態で、歩けるのは十歩まで!」
「つまり! 超短期決戦!!」
「線香花火のような戦いを、皆さん目に焼き付けましょう!!!」
「それでは……」
――
「おいおい、始まる前から息あがってて大丈夫か?」
ランが煽る。あと一歩進めば手が届く距離で、にやけた顔をしているくせに、目は笑っていない。
「………これも、作戦通りだ」
見え透いた嘘で虚勢を張る。
「そっか。じゃ、最初からエンジン全開で頼むわ」
ランは汗一つかいていない。余裕すらある。
試合というより、これを“勝負”だと割り切っている顔だった。
その姿に、かつてのふざけただけのアイツが重ならない。
――今のランは、本気で誰かを守る顔をしていた。
実況の声が遠くでルール説明を続ける中、俺は、別のルールを確認する。
「なぁラン」
「なんだよ」
「もし……俺が負けたら、寧々を幸せにできるか?」
「は? クソつまんない冗談はやめろ」
「いいから、ちゃんと答えろ」
困惑した顔を隠さないランだが、俺の真剣な表情を見て、引き締める。
「………ああ。俺は、橘さんを“おいていかない”」
「しんどい時も楽しい時も、横にいて……半分、俺のもんにする」
「“独り”にしない。これは、約束する」
静かだけど、揺るがない声だった。
(……くそ。そんな顔で、そんなこと言われたら、俺はもう……)
(譲れねぇだろ、こんなもん)
「………そっか。 なら、俺も負けてらんないな」
「なんだお前。負けるつもりじゃねぇよな?」
「当たり前だろ。最近“それ”を知った若造には、負けねぇよ」
「……ふっ。 やっぱ柊は、おもしれぇよ」
「うるせえ。じゃ正々堂々好きな女を喜ばせる切符――取りに行こうか」
「あぁ。“特急“でな」
――
「それでは……試合開始ぃぃぃぃぃ!!!!」
試合開始のゴングが鳴り響いた。
始まると同時に一歩踏み出すのは、ランだった。
「っぐ………!」
「様子見なんてさせねぇぞ!柊!!」
「おっとぉぉぉ!!!先ほどまでは、静観を貫いていた二組の長・夏木が打って変わって、攻撃手だぁ!!」
「おい!これ以上攻められたら十歩なんて一瞬だぞ!柊!」
「分かってる!!だから………下がるな!!!」
迎え撃つ。
正面からぶつかる。
肩に乗る感覚が不安定でも、下からの焦燥をねじ伏せる。
(クソっ馬が三人から一人になって、バランスが難しい)
肩車状態では、後ろに下がるステップは自殺行為だ。
ランはそれを見越して、開始と同時に詰めてきた。
先ほどまで、歩かないスタイルを散々見せつけてきたくせに。
――最初から、この延長戦に賭けていたのか……
「だぁクソ!!!!」
気合で、ランの攻めを受け止める。
「つかみ合い!つかみ合い!! なんとも肉弾戦!!!」
「夏木が右手を繰り出せば、柊が左でガード!!!」
「攻撃と防御の応酬だ!!これはもう、武道の域!!」
ランの右手と俺の左がぶつかり合う。指が絡まり、額がぶつかりそうな距離。
「……っ!」
お互いに踏み込めない。
(くそっ、こうなりゃ力比べだ……!)
体勢を整えようとしたその瞬間、ランの目がわずかに――揺らいだ。
(いや、違う……)
こいつが狙ってるのは、もしかして……
「……っ!」
ランの右足が、俺の左足の踏み込みを読んで――横へずらす。
「……しまっ」
そのわずかなズレで、俺の馬のバランスが崩れた。
たった一歩。ほんの一瞬。
けどそれだけで、肩の上の視点がズレた。
徐々にランより目線が低くなる。
スローモーションの世界を感じた。
「もらった!」
ランの右手が、一直線に俺のハチマキを掴みにくる。
(避けられない……!)
ギリギリで左手をかざす。だが――
「甘ぇよ、柊」
ランの右手はフェイントだった。
本命は、左手。一直線に、俺の額へ。
こいつ最初から――俺じゃなくて馬を狙っていた…
開始と同時に詰めて、後退か耐えるしかない選択を強いてきた。
そして、応酬の中で進行方向を遮り、バランスを崩す。
極めつけは、フェイントで心を折る。
完璧だった。
完璧に、負けていた。
「………負ける……」
俺がスローモーションの世界で、負けを確信した。
その時だった――
「がんばれっ………夏木君………」
澄んだ声が、風に乗って届いた。
世界が音を止める。
荒々しく吹く風だけが、耳を撫でる。
それと同時――
夏木歩の時が止まる――
……聞こえてしまった。
俺に、初めてをくれた人の声が。
初めて、奪われたくないと願った。
初めて、眠れない夜の長さを知った。
初めて、誰かの痛みを一緒に背負いたいと思った。
初めて――人を、好きになってしまった。
そんな人が、今――俺の名前を、呼んでくれた。
皆の前で。はっきりと。俺の事を――応援した。
………ふざけんな。
ふざけんじゃねぇよ。なめるのも大概にしろよ。
あんたは………
あんたは、好きな男の為に、何度も心を砕いて、涙を呑んできたんだろ。
――なんで、
――なんで、好きでもない男を応援してんだよ。
そんなの――俺が望んでいるあんたの顔じゃねぇ!!!!
――
ハチマキを取られる寸前、絶望の淵に立たされたランの顔があった。
焦点の合わない目。
こちらを見ていない目は、色を失っていた。
その一瞬の隙を、俺は見逃さなかった。
「!! っおらぁぁ!!」
俺の手が、ランの額にあったハチマキを掴み――
一気に、引きちぎった。
「なんとぉぉぉぉぉ!!!! 勝ったのは………!!」
「一組の長・柊守愛だぁぁぁぁぁ!!!!!」
実況の割れんばかりの絶叫を、空に轟かせる。
体育祭編――終幕――




