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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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51/80

運命の”切符”は、どちらの手に


「神様………ありがとう!!!こんな戦いを見してくれて!!」


きもすぎる実況に、誰もツッコまない。


「かつてこれほど熱く、重く、青春を懸けた“延長戦”があっただろうかッ!!

勝った方が総取りッ!!もう誰も逃げられない!!」


応援席からも悲鳴混じりの歓声が巻き起こる。


それくらい、会場は熱気で満ちていた。


「それでは延長戦に行くにあたって、ルールを振り返りさせていただきます!」


「先ほどのステージとは異なり、相手は目と鼻の先になります!馬は一人のみ肩車状態で、歩けるのは十歩まで!」


「つまり! 超短期決戦!!」


「線香花火のような戦いを、皆さん目に焼き付けましょう!!!」


「それでは……」




――

「おいおい、始まる前から息あがってて大丈夫か?」


ランが煽る。あと一歩進めば手が届く距離で、にやけた顔をしているくせに、目は笑っていない。


「………これも、作戦通りだ」


見え透いた嘘で虚勢を張る。



「そっか。じゃ、最初からエンジン全開で頼むわ」



ランは汗一つかいていない。余裕すらある。


試合というより、これを“勝負”だと割り切っている顔だった。


その姿に、かつてのふざけただけのアイツが重ならない。


――今のランは、本気で誰かを守る顔をしていた。


実況の声が遠くでルール説明を続ける中、俺は、別のルールを確認する。



「なぁラン」


「なんだよ」



「もし……俺が負けたら、寧々を幸せにできるか?」



「は? クソつまんない冗談はやめろ」


「いいから、ちゃんと答えろ」


困惑した顔を隠さないランだが、俺の真剣な表情を見て、引き締める。



「………ああ。俺は、橘さんを“おいていかない”」


「しんどい時も楽しい時も、横にいて……半分、俺のもんにする」


「“独り”にしない。これは、約束する」



静かだけど、揺るがない声だった。


(……くそ。そんな顔で、そんなこと言われたら、俺はもう……)


(譲れねぇだろ、こんなもん)



「………そっか。 なら、俺も負けてらんないな」


「なんだお前。負けるつもりじゃねぇよな?」



「当たり前だろ。最近“それ”を知った若造には、負けねぇよ」



「……ふっ。 やっぱ柊は、おもしれぇよ」


「うるせえ。じゃ正々堂々好きな女を喜ばせる切符――取りに行こうか」



「あぁ。“特急“でな」




――

「それでは……試合開始ぃぃぃぃぃ!!!!」



試合開始のゴングが鳴り響いた。


始まると同時に一歩踏み出すのは、ランだった。


「っぐ………!」


「様子見なんてさせねぇぞ!柊!!」



「おっとぉぉぉ!!!先ほどまでは、静観を貫いていた二組の長・夏木が打って変わって、攻撃手だぁ!!」



「おい!これ以上攻められたら十歩なんて一瞬だぞ!柊!」


「分かってる!!だから………下がるな!!!」


迎え撃つ。


正面からぶつかる。


肩に乗る感覚が不安定でも、下からの焦燥をねじ伏せる。


(クソっ馬が三人から一人になって、バランスが難しい)


肩車状態では、後ろに下がるステップは自殺行為だ。


ランはそれを見越して、開始と同時に詰めてきた。


先ほどまで、歩かないスタイルを散々見せつけてきたくせに。



――最初から、この延長戦に賭けていたのか……



「だぁクソ!!!!」


気合で、ランの攻めを受け止める。



「つかみ合い!つかみ合い!! なんとも肉弾戦!!!」


「夏木が右手を繰り出せば、柊が左でガード!!!」


「攻撃と防御の応酬だ!!これはもう、武道の域!!」



ランの右手と俺の左がぶつかり合う。指が絡まり、額がぶつかりそうな距離。


「……っ!」


お互いに踏み込めない。


(くそっ、こうなりゃ力比べだ……!)


体勢を整えようとしたその瞬間、ランの目がわずかに――揺らいだ。



(いや、違う……)



こいつが狙ってるのは、もしかして……



「……っ!」


ランの右足が、俺の左足の踏み込みを読んで――横へずらす。


「……しまっ」


そのわずかなズレで、俺の馬のバランスが崩れた。


たった一歩。ほんの一瞬。


けどそれだけで、肩の上の視点がズレた。


徐々にランより目線が低くなる。


スローモーションの世界を感じた。


「もらった!」


ランの右手が、一直線に俺のハチマキを掴みにくる。


(避けられない……!)


ギリギリで左手をかざす。だが――



「甘ぇよ、柊」



ランの右手はフェイントだった。

本命は、左手。一直線に、俺の額へ。



こいつ最初から――俺じゃなくて馬を狙っていた…



開始と同時に詰めて、後退か耐えるしかない選択を強いてきた。


そして、応酬の中で進行方向を遮り、バランスを崩す。


極めつけは、フェイントで心を折る。


完璧だった。


完璧に、負けていた。



「………負ける……」



俺がスローモーションの世界で、負けを確信した。



その時だった――




「がんばれっ………夏木君………」




澄んだ声が、風に乗って届いた。


世界が音を止める。


荒々しく吹く風だけが、耳を撫でる。




それと同時――


夏木歩の時が止まる――



……聞こえてしまった。


俺に、初めてをくれた人の声が。



初めて、奪われたくないと願った。

初めて、眠れない夜の長さを知った。

初めて、誰かの痛みを一緒に背負いたいと思った。



初めて――人を、好きになってしまった。



そんな人が、今――俺の名前を、呼んでくれた。


皆の前で。はっきりと。俺の事を――応援した。





………ふざけんな。


ふざけんじゃねぇよ。なめるのも大概にしろよ。



あんたは………


あんたは、好きな男の為に、何度も心を砕いて、涙を呑んできたんだろ。



――なんで、


――なんで、好きでもない男を応援してんだよ。



そんなの――俺が望んでいるあんたの顔じゃねぇ!!!!



――

ハチマキを取られる寸前、絶望の淵に立たされたランの顔があった。


焦点の合わない目。


こちらを見ていない目は、色を失っていた。



その一瞬の隙を、俺は見逃さなかった。


「!! っおらぁぁ!!」


俺の手が、ランの額にあったハチマキを掴み――

一気に、引きちぎった。




「なんとぉぉぉぉぉ!!!! 勝ったのは………!!」




「一組の長・柊守愛だぁぁぁぁぁ!!!!!」



実況の割れんばかりの絶叫を、空に轟かせる。


体育祭編――終幕――

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