逆境こそ、男の花道
戦いが始まって、早三分。制限時間まで、あと二分。
戦場の空気は、すでに限界ギリギリまで高まっていた。
目まぐるしく駆ける騎馬たち。その中でも、戦況を変えたのは――
井上の勇気ある突撃だった。
「うぉぉぉおおおおおっ!!」
野球部で鍛えた身体能力を活かし、鋭く跳ねるように加賀見に迫る。
その刹那――
まるで動物的な本能に突き動かされたかのように、井上の手が加賀見のハチマキにかすった。
加賀見の瞳が、細く鋭くなる。
「……クソッ!」
瞬間、井上の腕を鋭く叩き払う。そして、その勢いで前のめりになった彼の頭に――加賀見の手が伸びた。
「……もらった!!」
瞬間、白い布が空を裂くように舞う。
一組・井上、ここに討ち取られる。
しかし―――加賀見が勝利の余韻にわずかに息を吐いた、その一瞬の隙を。
「おらっ!!」
「うぉっ……!?」
見逃さなかった者がいる。
それが、石川だった。
井上の負けを、無駄にしたくなかった。
だからこそ、本能で反射だった。
目線が下に逸れた加賀見の隙――それを逃すまいと、石川は己の全てを込めて跳びここんだ。
だが。
その“想い”が、彼の敗因だった。
加賀見の頭部に向かって伸ばされた腕。
あまりに無防備。あまりに無謀。
大柄な相手の懐へ飛び込むということは、同時に、自分の落下を許すということだ。
「っぐ……!」
決着は、一瞬だった。
石川はハチマキを掴み取った。
その直後、重力に引かれるように地面へと落ちていく。
勝利と敗北が同時に訪れる、非情な騎馬戦の矛盾。
それでも、彼の手の中には――確かに、白い証があった。
――
「おおおおおおおお!!!怒涛の展開ぃぃぃ!!」
放送席から、割れんばかりの絶叫が響く。
「二組の狂犬・加賀見、ついに撃破ァ!! 狩ったのは、一組の野球部ツインズ!!」
「井上が倒れても、石川が繋ぐ! まさに執念のリレーだぁぁぁ!!」
「「「おおおおおおおお!!!!!!」」」
観客席が爆発する。
怒号、歓声、絶叫――あらゆる感情がグラウンドに渦巻き、熱気はもはや真夏の甲子園さながらだった。
――
「………勝った」
ポツリと、思わず零れた言葉。
自分でも気づかぬほど自然に口をついた声に、すぐ隣の長谷川が反応する。
「勝ちましたね、これは」
言葉を交わす二人――ランと長谷川。
「………ああ。伝えていた通り、行くぞ」
「任してください。あなたを、守り切る」
静かに、確実に、次の布陣へと動き出す。
井上たちが戦っていたステージは、あまりの激戦に砂煙が舞い、視界が塞がれていた。
それは、戦いを一瞬だけ止める帳
だが、逆に言えば、作戦を整えるための一瞬の猶予でもあった。
――
「………あぁ、これはまずい」
一人残された柊は、冷静に戦況を俯瞰していた。
二人を失い、状況は一対二。
普段の自分なら、逆境を”物語”に変えてきた。
だが、相手は――ラン。
そんな悠長なストーリー展開を許すような相手じゃない。
「クソっ…!やるしかねぇ!」
思い描いていた筋書きは崩れた。
だが、まだ幕は下りていない。
真っ暗な荒野に、希望の道を描くのは自分自身だ。
だから、今――やるべきことは、ただ一つ。
――
「なんということでしょうかぁぁぁぁ!!」
マイクの音が、悲鳴のように割れる。
「優勢かと思われていた一組が、まばたきをするうちに一対二になってしまっています!!」
「しかも、戦場は今! 砂埃に包まれて姿が見えません! これはまさに、嵐の前の静けさっ……!!」
誰もが、戦いが一時停止したと思っていた。
姿が見えないなら、互いに様子を見るだろうと――
だが。
この男たちは違った。
――この瞬間しかないと、魂を燃やす覚悟を、すでに決めていた。
「おらぁぁぁぁぁ!!!!」
砂煙を切り裂き、猛獣のように飛び出してくる影。
「……だと思ったぞ、柊ぃぃぃ!!!!」
ランの目が、狂喜に染まる。
観客がようやく姿を捉えたときには、二人はすでに取っ組み合っていた。
「なんとっ!!! なんとぉ! 今が決戦の時なのかぁぁああ!!」
声と声が、ぶつかり合う。
「お前なら今しかないと思ったぞ、柊!!」
「うるせぇぇ!! 分かったような口きくなぁっ!!」
「一人になったら、後は攻めるしかねぇもんなぁ!!!」
目線も身体も柊と立ち向かいながら、指示だけは飛ばす。
「長谷川ぁぁぁぁ!!!!!」
「はいっ!!!!!! ラン様から離れろぉぉお!!!!」
激突していたその横から、長谷川が跳ねるように割って入る。
そして、騎士のようにランの前に立ちふさがる。
「後、一分だ!! 長谷川を落とせなきゃ、その時点でお前の負けだぞ、柊!!」
切羽詰まった柊を前に、置かれている状況を頭に刷り込ませる。
「……っ、うるせぇぇぇ!!!!!」
叫びとともに、柊の足が地を蹴る。
――取るしかない。
目の前の長谷川を倒すことでしか、ランのもとに辿り着けない。
ランは最初からステージの端に位置する。
追い込むだけだった。
だが――
いつの間にか俺がステージから、落ちてしまうところまでリミットが迫ってきている。
もう迷ってる時間なんてない。
逆境こそ、男の花道だ。
この先に。
俺が――どうしても、手を取りたい人がいる。
振り返ったら、俺がいる。
そんな世界を、今ここで掴みとるんだ。
なら――
「行くしかねぇぇぇぇえぇぇぇえぇえぇ!!!!!!」




