牙を研ぐ戦い
「がんばれーーー!!!!」
騎馬戦の火蓋が切って落とされた瞬間、グランドは最高潮の熱狂に包まれた。
参加できない女子たちは、せめて声だけでも――と、のどが枯れるほど応援を叫ぶ。
その声が、誰かの背中を押すのだと信じて。
「……がんばれ……」
歓声に搔き消され、か細い声は空へと溶けていく。
誰の耳にも届かず、誰の背中も押せないまま。
けれど、その小さな声が――
誰の背を押すのか。
それがわかるのは、まだ少し先の話だ。
――
「井上!石川! そのまま、突っ込め!!」
柊は最前線を走る双騎へ、強く指示を飛ばす。
少しでも迷いを与えぬよう、力強く叫ぶ。
「「加賀見が前に出てきたぞ!!柊!!」」
現れたのは、二組の巨漢――加賀見。
その体格と威圧感だけで、まるで進路そのものを塞ぐ壁のようだ。
「――ああ、大丈夫だ! 加賀見には気を配れ! だが………狙うのは、ランだ!!」
「「無茶言うな!!」」
苦笑じみた声をあげる双騎だったが、彼らの瞳に迷いはない。
彼らは信じている。
柊という男が“間違えない”ことを――。
「おっとぉ!!遂に、遂に両者ぶつかり合うか!?ぶつかりあってしまうのかぁ!!」
実況が叫ぶなか、一組の野球部ツインズがランの騎馬に手をかけようとした瞬間、
巨体の加賀見が、まるで岩のごとく立ち塞がった。
「「「うおっ!? こいつっ……でけぇし、強ぇ!!」」
右手で井上を左で石川を。
その大きな両腕で、まるで玩具のように押さえ込む。
(作戦、聞かされてなかった……)
加賀見の胸中には、苛立ちが渦巻いていた。
だからこそ、怒りをそのまま力に変えて暴れ回る。
まるで荒ぶる猛獣のように。
「ちっ……! 長谷川! 早く回り込め!! 挟み込むぞ!!」
既にステージの端に主戦場が置かれている。
双騎を一人で食い止める加賀見の背後――そこに隙が生まれていた。
その裏側を長谷川に回り込ませ、挟撃する。
加賀見の声は、戦場の混乱の中でも鋭く響いた。
だが――
「は?誰がテメェの言うこと聞くかよ」
「俺に命令していいのは、ラン様だけっつってんだろ」
「俺は、ラン様に言われた通り、“守る”。それだけだ!」
三騎で構成されるこの戦場の中央で、加賀見は孤軍奮闘しながらも、暴言の鞭を浴びていた。
「……マジで覚えとけよ、コラァ!!!」
血管が浮き出た額を振り乱し、加賀見は絶叫する。
その叫びは、まるで獣の咆哮。
「一組は果敢に、猛獣・加賀見を突破して総大将を狩ろうとしている!!」
「対して二組は――チームワークが、バラバラだぁ!!」
「これは、団結力に勝る一組が優勢か!?」
――
「………優勢、か」
騎馬の上、柊は状況を冷静に見下ろしていた。
加賀見が井上たちを食い止めている。
長谷川は、協調性ゼロ。
にもかかわらず――勝負はまだつかない。
「加賀見に井上達を刈り取らせる気か?
それは少し無謀だろ」
「思わむタイミングで長谷川が飛び出してくるのか………」
「だが、それは俺がつぶせばいい」
「たとえ双騎が一騎倒されても、加賀見さえ落とせば勝負はついたも同然――」
それでも――
「なのに………なんだ?……あのランの余裕は」
こちらが優勢。
作戦も的確。
ミスらしいミスも、ない。
なのに、――ランは、終始涼しい顔をしている。
「………予想通りなのか?」
――
「――とでも、思ってるんだろ」
そう、ランは思った。
彼は終始、沈着冷静だった。
加賀見が孤軍奮闘しているなか、焦りの色一つ見せない。
その理由は――何も“想定外”が起きていないからだ。
彼の狙いは、加賀見の運動能力だけではない。
着目していたのは――“体格”。
普通、騎馬戦では上に乗る者は小柄で軽い方がいい。
支える者への負担が大きくなるからだ。
だが、加賀見のような巨体が上に乗っているというだけで、相手への威圧感は段違い。
近づくだけで怯むほどの“重圧”を生む。
加えて、元より動き回る気などなかった。
彼ら二組は、“待つ”戦法を選んだ。
動かない。
その代わり――来た相手を潰す。
圧倒的な“質量”で。
「……最悪、加賀見を落とされてもいいんだよね」
口元をわずかに吊り上げる。
その目は、混乱する戦場を俯瞰しながら、すでに“次”を見ていた。
「むしろ――その瞬間が、狩り時だ」
その瞳は、獲物を狙う猛禽のように冷たく光っていた。




