一手目は、歩か飛車か
試合開始前。
二組の騎馬が、グラウンド中央に並び立つ。
風が、砂埃を運び、熱を帯びた空気が肌をなぞる。
ランが、その中心に立つ。
「柊、お前の言うとおりの並び順だな」
井上の低い声が、押し黙った空気を裂いた。
相手のフォーメーションを見て、こちらも構える。
一組も横並びで、柊が中央──。これは、示し合わせたような構図だ。
「ああ。そして、開始と同時に“変わる“」
「それが当たったら……正直、きもすぎるけどな」
顔を合わせて話しているわけではないが、通じ合っている気がした。
まだ出会って半年たっていない。
それでも、こんなにも。
それが、高校一年生という月日の異常なまでの濃さだ。
大人とは違って、表面の関係ではない。
この月日は、人生に“友”を刻む時間なんだ。
「………俺らは、”ラン・長”一択狙いで」
――
「………あいつらも、長が真ん中だぞ」
加賀見が顎を突き出しながら、状況を伝えてくる。
「だと思った」
ランは頷く。
予想通りの布陣だ。
「やっぱあいつらも、長対決を狙ってるのか?」
「……んー本来なら、そうだと思う。けど――俺は、その“誘い”には乗らない」
「ふ―ん。ま、なんでもいいけど。俺が長を潰すだけだし」
飄々と返しながらも、加賀見の瞳は、野生の獣のように光っていた。
「「――始まるぞ、お前ら!!」」
――
笛が鳴った。
「試合スタート!!!」
観客のボルテージが一気に跳ね上がる。
「実況は放送部がお送りします! 皆さん、盛り上がっていきましょう!!」
一組は、笛と同時に、逆三角のフォーメーションへ。
井上と石川──野球部の双騎が前衛。柊はその背後、全体を俯瞰する指揮官の位置。
狙うは、一直線──二組の長、夏木歩。
「「いっくぜぇぇぇぇぇ!!!」」
砂塵を巻き上げ、迫る勢いはまさに戦場の突撃部隊そのものだった。
「おっとー!!一組が開始と同時にフォーメーションを組んで、まっすぐ二組の長・夏木歩のところに突撃だ!!!!」
――
「んじゃ、後はよろしく」
ランは、迫りくる騎馬の気迫を受けながらも、飄々と笑ってみせた。
「ああ。お前は、ちょこまかと逃げてろ」
背中合わせの信頼だけで、二組も動き出す。
「対する二組は——あっ!? 長・夏木が加賀見と位置交代して、ステージの端に移動!!」
「これは予想外の動き!! 一組は長狙い、二組は長逃げの構図だ!!!」
「矛と盾の心理戦──真っ向勝負の裏をかく展開か!?」
実況が盛り上げる。観客の想定を上回る展開に、どよめきが走る。
試合を見ている観客の多くは、一つの展開を予想していただろう。
長対長になるだろう、と。
だが、現実は異なっていた。
柊は後方、夏木は逃げる。──それはつまり、「長は倒されてはいけない」共通認識の裏返し。
――
「………おい、柊の言うとおりになったぞ」
冷や汗をかきながら井上がつぶやく。
「なに、お前。きもいんだけど」
「きもくねぇわ。名将と呼べ」
すかしている柊の声を後ろで感じながら、気合を入れなおす。
「んじゃ、名将さんよ。作戦通りいくか?」
「当然。狙いは、ラン一択だ」
柊の思考は、ランの思考を越えるために張り巡らせていた。
まっすぐ突撃する井上と石川で、中央のランに一点集中。
一対一を想定しているランを、虚を突く形で狙う。
本来なら、ラン以外は無視。
短期決戦で頭(長)を取りに行く構えだ。
……けれど、それが“想定通り”で済むとは、柊も思っていない。
だからこそ、横への移動パターンを予測し、井上たちに事前に伝えておいた。
相手がどんな策を講じても、動揺せず突き進めるように。
──そして今、ドンピシャで当たった。
作戦は、冴えている。
――
「おいおいおいおいおい!!」
「どうした?加賀見」
「お前が横に移動したら、真ん中に突撃してくる柊を俺が倒すはずだったろ!!」
「そうだな」
「そうだなじゃねぇよ!! あいつら全く動揺せず、お前に突撃してくるぞ!!!」
「……読まれてるな。俺が一対一を望んでるのを、逆手に取ったんだ」
焦る加賀見に対し、ランは冷静。
対照的な二人の隣で、目を輝かせる男が一人いた。
「さっすがです!!ラン様ぁぁ!!」
ランとは一番遠い位置にいる一騎。
一際目をキラキラさせながら、ランの事を見つめている。
この男・長谷川はラン信者である。
小柄で、運動神経は並。目立つ特技もない。
ただ一つ──
ランへの執着を除いて。
入学時から、圧倒的カリスマオーラをクラスで放っていたランに対して、ひそかに憧れをもっていた。
だから、ランから一緒に騎馬戦を戦ってほしいと言われたときは、天にも昇りそうな気分だった。
(うわ……目が完全に追っかけのそれ……)
加賀見が顔をしかめる。だが、長谷川は止まらない。
「僕は、なにをしたら!!」
憧れの男から作戦を頂けるその喜びに、興奮が隠しきれなかった。
ランに振られた言葉、それはたった一つだった。
——『俺を、守れるか?』
それ言葉だけで、長谷川の心は全て満たされた。
全ての価値観が再構築された。たったいま世界の中心が、彼になった。
「うるせぇな長谷川!!こいつの作戦は、相手に読まれてんだよ!」
「あ?黙れよ。ヤンキー崩れが」
「………は?」
長谷川は、見た目も普通の男だが、粘着質故に、ランを馬鹿にされると人が変わってしまう。
「お前ごときには伝えてねぇ”作戦”があるんだよ」
「おい。なんだそれ」
「教えねぇよ。お前はそのまま、言い訳ほざきながら、負けてろ。
ラン様の仲間は、俺だけだ」
(こいつ言いすぎだろ………)
隣で大喧嘩を巻き起こしているのを、横目に見てうなだれる。
だが、作戦通りだ。
表に伝えた作戦と、裏に伝えた本命の作戦。
それぞれに“違う指示”を与え、相手にも、味方にすら混乱を生ませる。
相手の“読み”の上をいく“読めなさ”。
怒れる暴れ馬と、忠義に燃える騎士。
どちらが爆発し、どちらが場を制するか。
――
どちらも一手目の作戦は読みあった。
柊も、ランも、先を”読む”者だった。
しかし、先を読む者同士の戦いは——
先に“底”を見せた方が、負ける。
読み合い、その思考の裏をかき、さらにその裏をかく。
まるで将棋の盤面を、手で投げ合うような知の激突。
未来の、さらに一歩先に届く者だけが──
この戦を制す。




