再会
2020年4月。
桜は満開となり、校門へと続く坂道はまるで新入生を歓迎するかのように、桜の花びらが風に舞い、咲き誇っていた。
この坂道の桜は、SNSなどでもよく話題になるほどの美しさで、毎年この季節の風物詩として知られている。
新しい未来に胸を膨らませ、ワクワクしながら坂を登る姿は、高校生活の幕開けを彩る光景だった。
そんな中、一人だけひどく青ざめている男がいた。
「俺って今、彼女いるの?まじ?」
「だから、何度も言ってるだろ。『軽い感じで付き合えるっていいじゃん、高校にかわいい子いなかったら最悪だしね』とか、クソ痛いこと言ってた勘違いナルシストが」
やめてくれよ、そんな心えぐるこというの…………言ったの今の俺じゃないもん…………
「ただ、あの柊様に好きな人ができたことも驚きだし、今彼女がいて困っていることにも驚きだわ。すぐ別れて狙いに行くと思ってたわ」
「まあまあ、今度の高校生柊は今までとは違うってことよ。女性には誠実に、一途に愛するって決めたのさ。」
「ふーん、それが”結婚する”につながるのか、きしょいな」
罵倒に近い会話を繰り返しながら、俺らは気づけば校門に到着していた。
この入学式になるまで約10日間あり、なんとなくの状況は把握した。
死んだと思ったら、いつの間にか過去に戻っていた。
小説やアニメでしかみたことない現象が起きている。
実際のところ、本当は死んでいて、ただの死後の世界説も捨てがたいけど…………
でも、もういい。俺は高校生をやり直せるんだと考えることにした。楽観的に行こうぜ。
せっかく過去に戻れたんだ。
あの子に振られた理由を解明して、今度こそ振られない未来をつかんでやる
──そう意気込んでいたのに、まさか俺には彼女がいた。
しかも、それが困りごとになっている。
一度大人になってしまった俺には、半端に別れを告げることもできず、困り果てていた。
あのときの俺は、「一目惚れした。ごめ別れて」とだけ言って別れた。
あれは刺されてもおかしくなかったな…。
よし、今日は高校の入学式だ。
帰りに別れを告げに行こう。
早めに終わらせて、相手の大事な高校生活に影響が出ないようにしなきゃな。
――
「クラス発表ってこんな盛り上げるんだな」
自転車を置き、クラス発表の紙の前で群がる新入生たちの間に入る。
喜び、落胆、様々な表情が混じるその場に、少し気後れしてしまった。
「柊とは別に同じクラスじゃなくても、どうせ部活一緒だしな。
体育祭で戦う方がおもしろいし、別クラも悪くないな」
「あ~お前とは違うクラスだよ」
「は?まだ見てないのに何言ってんの」
一瞬間違えたと焦ったが、まあこれくらいは予想の範囲内だし、自信満々な顔してほらよって指さしながら、ドヤ顔しといた。
「俺は2組で柊は1組か。同中だし、離されたのかもな」
「多分そんなところだろ。帰りにまたな」
新しい教室に入る瞬間は、いくつになっても独特の緊張感がある。
本来のホームであるはずの学校なのに、どこかアウェイのように感じる。
全員が値踏みするように教室に入ってくる視線が、突き刺さる。。
ま、俺1年生2回目だし、いっか 楽観的に行こうぜ。
ガラガラと入り、教室を見渡すと、見覚えしかないメンバーだった。
記憶より幼いが、面影は確かに旧友のそれで、思わず笑いがこみ上げた。
「なんだあいつ、へらへらして」
「頭悪そうなやつだな」
「チャラチャラしやがって」
え言いすぎじゃな……絶対忘れねえよ、今言ったやつら。
少なからず心に傷を与えられた俺はおとなしく席に座り、朝の時間をぼんやり過ごした。
昔の俺はここでガンガン話しかけて、スクールカーストを無意識に上げにいってたな、など若気の至りを思い返していたら、チャイムが鳴った。
「今日から1年1組の担任になった若林留美子だ。下の名前が好きではないから”若林ちゃん”とでも呼ん でくれ。
教科は国語。他の教科より国語の点数が高い生徒が好きだ。 よろしく。」
20代後半か30代くらいの先生だ。スラっと背の高い上に背中まである長い黒髪が目立つ。
茶色いコートを羽織って探偵のような丸眼鏡が特徴的だ。
俺はこの先生わかばちゃんが最初嫌いだった。
胡散臭い上に、キザなセリフをよく言うし、何も考えてないと思っていた。
しかし、卒業する頃には考え方が変わり、将来の夢にも影響を与えた恩師だ。
…とはいえ、最初の挨拶はやっぱりウザかったな。
まだ知り合って数十分の教室には、ボケとツッコミが両立していない。
その中で、先生一人でボケられると恐怖すら感じるから、気をつけてほしい……
――
やっと1日が終わり、部活動希望届を提出しようとしていた時、後ろの席の古谷に声をかけられた。
「あのさ、柊君は何部に入るの?」
「サッカー部だよ、古谷は?」
「僕は写真部かな。てか名前覚えてくれたんだね」
「まあ後ろの席だしな、勉強あんま得意じゃないから助けてくれや、じゃ行くわまた」
古谷は良いやつだ。勉強ができて、教えることを苦としない善人だ。
よく傍から見てて、あいつは良いやつなんだと思っていた。
昔の俺は暗いやつを理解できなかった。
楽しく生きるためには多くの人と関わってたくさん遊ぶ。これが「楽しい」だと考えていた。
だから、高校時代は古谷とあまり話したことはなかったが、大人になるとわかる。
そういう付き合いは虚構だ。
大学を経て社会人になると、わざわざ予定合わせて会う人なんてほぼいない。
高校時代のクラスメイトはみんな、いつ切れてもおかしくない紐を必死に握っているだけ。
そして、物理的に距離が開いて切れてしまう。そして疎遠になる。
俺は年を重ね、量より質を重視するようになった。
今回はしっかりした友達を、ラン以外にも作ろう。
かっこいいこと言ってるけど、実際は人見知りで、話しかけられて嬉しくてつい仲良くなりたくなっている。
――
「わかばちゃん、はい、入部届」
「おい、初日から先生をちゃん付けとは生意気だな。たしか柊だったな」
「いや、先生がちゃん付けで呼べって言ったやん………」
「あれ、そんなこと言ったか?まあいいや。サッカー部だな。本入部まではあと2週間。変えたくなったら早めに言いに来いよ。あと勉強もちゃんとな」
職員室に入部届を提出した帰り道、
「どっかでハンバーガーでも食ってく?」とランに声をかけ、自転車を引き出そうとした。
――その時だった。
「ねえ、君たち。部活迷ってるなら俺らのマネージャーになってよ。かわいい子、大歓迎だよ?」
あらあら、ヤリサーの勧誘ですか。怖いわね、最近の高校生は。
「入りません。興味がないです。」
ぴしゃりと即答する女の子の声。どこか懐かしい響きがした。
「えー、いいじゃん、そんなこと言わずにさ、かっこいい人もいっぱいいるよ」
「入らないって聞こえてますか。この学校偏差値高かったはずですが外部の方ですか?」
(煽りのセンス高っ………てか、嘘だろ。この声は、まさか――)
「ちょ、寧々やめときなよ。危ないって」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥にしまい込んでいた名前が、音になって弾けた。
懐かしくて、なぜか新鮮な。
夢の中で何度も思い出した声。けれど、現実の中では忘れたふりをしてきた声。
だからこそ、言葉より先に、体が動いていた。
「すいませんチャリが――チャリが勝手に!」
ドンッ!!
まったく芝居になっていない体当たりで、チャリごと先輩たちに突っ込む。
「いった!おい、なにしてんだよ」
「お前一年生だよな、なにしてくれてんだよ!!」
かなりお怒りの二人の先輩は、チャリにまたがっている俺に対して凄んでくる。
「柊、お前急に何してんだよ。おもしろすぎるだろ」
ランが呆れた声で笑う。
「いやほんと、ごめんごめん。俺の愛車・マット君が勝手に走り出しちゃってさ」
「こいつも悪気があったわけじゃないんで。許してやってください」
何もしてないのに先に頭を下げられる。ランってほんと、いいやつだなと思ってたら――
「許すわけねーだろ!!」
胸倉を捕まれ、殴られる寸前で――
「なにしてるんだ!!お前ら!」
遠くから響く教員の怒声。
ビクッとした先輩Aが捨て台詞を吐いて去っていく。
「クソ……。お前ら、陸上部入ったら覚えてろよ!」
あ、陸上部なんだ。テニサーじゃないんだ…………
「あの…ありがとうございました。」
彼女の友達が頭を下げる。
……振り返るのが、怖かった。
あの声の主と、記憶の中の顔が一致してしまうのが、怖かった。
だから、かっこよく立ち去るチャンスを探していた。
(まだ顔を合わせるには心の準備が……)
「いやいや、大丈夫。この馬鹿が、勝手に突っ込んだことだし。君たちにケガはない?」
「はい!寧々もお礼ちゃんといいなよ」
「………すいません、助かりました。でも、あんまり自転車で人に突っ込んだら危ないです。あなたが怪我をしてしまう」
――その一言で、全てが戻ってきた。
この人は、昔からそうだった。
自分のことより、他人のことばかり気にする人だった。
やべぇ、まじでドキドキする。
この声で悟られたら、もう耐えられない。
「おい柊、お前も謝っとけよ。女の子怖がらせたんだから」
「う、そ、そうだな。ごめん。怖い思いさせてしまって」
「ちゃんと、目を見て言えよ」
なんの拷問だよ。心の中で地団駄を踏む。
でも、もう逃げられない。
ゆっくりと、振り返る。
「……寧々」
しまった。心の声が、漏れた。
「……はい? え? なんで名前、知ってるんですか」
「あ、ご、ごめん。さっき誰かが呼んでたから、聞こえたんだ。間違えた。あー、じゃ、急いでるんで」
「ちょ、おい柊、待てって! ごめんね、じゃあ!」
自転車を全力で漕いで校門を飛び出す。
「おいまさか………お前が一目ぼれした子って、あの子?」
「……うるせーな」
「ははっ、わっかりやすっ。お前、動揺しすぎ。見ものだったぞ」
「まじで……無理。女子とどう距離詰めりゃいいのか、わかんねぇ……」
「ウブ通り越して、キモいな」
くそっ……未来を知ってるのに、全然うまくいく気がしない。