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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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今日だけ、ヒーローは俺に

人の流れを逆らうように、ランは縁日の奥へと走っていた。


空はすでに夜の色を濃くしていて、提灯の明かりと屋台のネオンが、ぼんやりと視界を染めていく。



(どこだよ……)



すれ違う浴衣の人波に、柊と涼香の姿はもう見えない。


聞こえるのは、笑い声と、綿あめの香りと、夜のざわめき。



――綿あめ。



そのとき、脳裏に焼きついていた記憶が、ぴたりと重なった。


あのとき、寧々が一瞬だけ立ち止まって見ていた屋台。


誰にも気づかれないように、その目だけが、じっと綿あめを見つめていた。


(もしかして……)


ランは歩みを止め、人波の隙間をぬって、屋台のほうへと足を向けた。


「……いた」


ぽつん、と。


さっきとは違う。もう、誰の流れにも乗っていない。


ただ、自分の足で、立っていた。


でもその姿は、どこか小さく、寂しげで、

それでもまだ、綿あめの屋台を、遠くからじっと見つめていた。



風が少しだけ吹いて、彼女の浴衣のすそが揺れる。


その肩は、どこか小さく、縮こまって見えた。


「……橘さん!!」


走っていたため、息が切れながらも、しっかりと聞こえるよう声をかけた。


「夏木君…」


目が合った瞬間、彼女の表情が、少しだけ緩んだ。


安堵にも似た、けれどどこかごまかすような微笑。


「探したよ、橘さん……柊、めちゃくちゃ焦ってたぞ」


「……そうだよね。ごめん……勝手に」



「なんで黙って行った」



これは道に迷ったとか、そういうものではない。

この橘寧々は、自ら離れたんだ。それを何故か分かってしまった。


ランは一歩、近づく。


寧々は口を開きかけて、そしてまた閉じた。


少し間を置いてから、ぽつりと漏らす。


「……ああやって、笑ってる守愛を見てたら、ね。なんか……自分が余計な存在な気がして」


「余計なんかじゃないよ」


その答えは即答だった。


その問題の答えは正直分からない。でも、余計とか無駄とかそういう感情は絶対に違う。



その時だった―――


歓声と同時に辺りが急に明るくなった。


花火が打ちあがった。


みんなが上を見上げて、顔を鮮やかに照らす光に心奪われる中、一人だけ、下を向き、泣きそうな顔をしている人が目の前にいる。


「花火、上がっちゃったね」


寧々がぽつりとつぶやく。作った笑顔の下に、かすかな震えがあった。


世界は光と音で彩られているけれど、

彼女の目は――過去しか見ていない。


「…………」


「…………」


無言な二人を置いて、世界は変幻自在に生まれ変わる。


赤色になったかと思えば、黄色、青色、はたまた虹色。


「すごいすごい」とはしゃぐ女の子のたちや、心臓に響く音にびっくりして泣き始める赤子。


けれど、目の前の女の子は、明日の空ではなく、昨日の過去しか見ていない。


何も言えず、うつむくことしかできない二人を取り囲む世界は、一層激しくなる。



「あっ……」



人の流れに身体ごともってかれている橘寧々は、夏木歩に手を伸ばす。


けど、ランは気づくのが遅かった。


流されるプールのように、前へ前へと押し流され、

ランの手に触れることができないまま、姿が見えなくなった。


「………なにしてんだよっ。俺は…」


「俺が、あいつの為に橘さんを連れていく」


差し伸べられた手を、咄嗟に取れなかった悔しさを噛み殺し、

ランは人混みをかき分けて進んだ。



――

(――見失った)

息を切らしながら、群衆の中に視線を走らせる。


花火の音が鼓膜を打ち、視界は断続的に明滅する。


誰も前なんて見ていない。空しか見ていない。


けれど、ランは――前を見ていた。


寧々が流されていった、その先を――まっすぐに。



「やめてくださいっ!」


「いいじゃん、お姉さん一人でしょ?」


「やめっ…!」


手を掴まれ、無理やり引き寄せられている寧々の姿が、視界の中に飛び込んだ。


「居たっ……!」

見つけたという安堵と、目前の危機に、鼓動が跳ね上がる。


「お姉さん一人でかわいそうだから、俺ら二人で楽しませてあげるよ」


「や、やめて…」


今にも泣きだしそうな橘寧々を見たとき、ランの中で何かが弾ける音がした。


気づいたときには、もう――宙を舞っていた。


飛び蹴り。一直線に、一人を蹴り倒す。


「きゃっ!!!」


「……橘さん!!」


「え………?夏木君?」


突然横から現れたランに驚きのあまり目を大きく見開く。


「ごめん、手を取ることが出来なくて。

 でも……君の手を取る相手は俺じゃない」



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「夏木君………」



「……おいっ」


仲間を蹴り倒され、目の前でイチャつき始められたら、そりゃムカつくだろう。


「ごめんな。友達蹴っ飛ばして。

 でも、この子親友の大事な人なんだよ」


「あ?関係ねぇよ。俺らがその子と遊ぼうとしてんだ。邪魔すんな」


ランの胸倉を掴みながら、顔を近づけてくる。


ランより高身長でガタイも良い男は、格下だと思い上からガンつける。


「やめろよ。浴衣が崩れるだろ」


引かないラン。掴んでくる腕を力で引きはがす。


思ったより強い力に驚きを隠せなかったが、ランの後ろがノロりと動くのを視界に入れたとき、ニヤリとした。


「おい、なに笑って…」


「おらっ!!!」


背後から、さっき蹴ったもう一人がランの後頭部を殴った。


「夏木君!!!!!」


膝をつくランに、寧々が駆け寄る。


「駄目よ、こういうのは。やめなさい!!」


自分のせいで、殴られているクラスメイトを守る為、暴漢共に立ち向かう寧々。


「大丈夫、大丈夫だから」


「でもっ!!」


「少しだけ、後ろを見ててほしい」


「う、後ろ………?」


「うん、三分経ったら前を見ていいよ」

「そしたら全部終わっている」


優しい言葉の中に、私がいることの害を排除しようとする意志を感じた。


「……わ、わかった。でも危なくなったら、すぐ警察呼ぶわよ?」



「ああ、大丈夫」



―――――――


「おいおい、女がいるからってかっこつけんなよ」


「2対1だぞ」


「2対1でいいのか?もっと連れてきてもかまわないぞ」


「お、おまえ!!」


一人がランの胸倉めがけ、両手を突き出しながら突進してくる。


ランはそれを、合気道のように右手で弾き、そのまま左フックを相手の顎に叩き込む。


よろめいた相手に、回し蹴りを放つ――決まった。


「――浴衣が……」


脚を大きく開いたせいではだけたのを、気にするラン。


「………!!」


だがその瞬間、右フックが飛んでくる。


後ろに跳んで避ける。


相手は巨漢。腕のリーチは段違いだ。


「なめんなよ!!」


そのまま、逃げたランを追尾するかのように、右手・左手テンポよく打ってくる。

格闘技を少しかじっているのだろう。


無駄なく繰り出してくるフックに、ランは避けながら隙を待つ。


(俺、あんま喧嘩得意じゃないんだよなぁ)


正直避けるので精いっぱいだ。

喧嘩が得意な奴は、避けつつ繰り出せるであろうパンチを、ランは出せない。



だが、ランは相手に悟らせない。



畏怖こそ最大の武器。


運よく先ほどの男を倒せたため、少なからず相手に恐怖を与えているだろう。


そこで冷静にすました顔で、自慢のパンチを何度も躱されたら疑心暗鬼を生む。



「俺は、とてつもなく強い奴と戦っているのではないか………」



そう思わせることができたら、勝ちだ。


「おらっ!」


「おらっっっ………!」


――今だ。


焦りからパンチが大降りになったところを見逃さず、右足でおもっきり股間を蹴る。


「あ………?」


「ウッ!!!!!」


じわじわ襲い寄せる痛みの波に耐えることができず、地面に伏せる。


そこでもう二度と立ちはだからないよう恐怖を与える。


「なあ、お前さ」


「うっ………なんだよ」


地面にうづくまる巨漢な男の肩を叩き、振り向かせる。


「お、おい………お前……それはダメだろ………」


眼球の目の前に、()()()()を突き付ける。

このまま弾を打たれたら、いくらエアガンではあるが、失明の恐れがある。


「次、そういうことしたらわかってる………?」


「わ、分かった!!すまない!俺らが悪かった!!」


恐怖が勝ったのだろう、股間の痛みを抑えながら仲間と肩を貸しあいながら、走って去る。


―――――


「ごめん、怖い思いさせて」


「なんかすごい音としてたけ、ど………!!」


振り返ってランの状態を見た寧々が驚愕する。


はだけた浴衣に持っているのがエアガンだ。


「あ、あなたその銃で………?」


「あ~これ?」


バンッ!


「きゃ! ………え?」


「あげる……怖がらせたお詫びに」


銃口からは、一発限りの花が出ている。

その花を寧々に手渡す。


「これ花……? すごいね、だますなんて」


「目の近くに出されたら、よほどの人じゃなかったら銃だと思うもんね」


「とりあえず、ここから離れようか。

 少し目立っている」


大立ち回りしたランは、花火の音でも、騒動をかき消すことができなく、周りの人の視線を奪っている。


「ええ、そうね………」


そう言って、腕をつかんで、人混みが落ち着くところまで移動する。


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