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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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35/80

わたあめの甘い記憶


「寧々見て!!」


その声が愛おしくて――私はつい、聞こえてないふりをしてしまう。


「寧々!!」


怒りもせず、何度も私の視線を探してくる彼の姿を、

私は何度も、何度も、夢の中で見た。



――それは、夏祭りの夜だった。



二人で過ごした、初めての夏祭り。


西の空には、まだ朱が残っていて、

人混みの喧騒に混じって、虫の声が遠くから聞こえていた。


浴衣で屋台を歩き回り、花火が上がるまで、ずっと手を繋いでいた。


熱を帯びた手のひらが、少し汗ばんでいて――それすら、愛おしかった。



彼はかっこつけたくて、射的でぬいぐるみを取ろうとしてた。


でも何も取れなくて、何回も何回も挑戦していた。


その一生懸命な姿が、可愛くてたまらなかった。



「クソッ……絶対あれ重り入ってるよ」


「え~当たってもないのに、重さ分かるんだ?」


「うるさいなぁーー。 あっあれは!寧々!」


「ん~なに~ ………あ、わたあめだ」


綿あめを見ている寧々の目を見て、自然と寧々の分まで購入して渡す。


「はい、これ。さっきのぬいぐるみ取ってたら、両手塞がって持てなかったし………わざと取らなかったよ」


「はいはい、そういうことにしておくね。 ……ありがとっ」



甘さと照れが滲む、ありふれた会話。


でもその一言一言に、確かな愛が詰まっていた。


この人は、世界のほとんどを私にくれる――。




パシャ。




「えっ??」


突然のシャッター音。

暗がりの中、フラッシュが弾けて目を輝かせる。


「ごめんごめん。わたあめ持ってる美女、撮らないと損かなって」


ヘラヘラ笑いながら、画面を見つめるその横顔。


それはまるで、宝物を手にした子どもみたいだった。


「撮るときは言ってよね。事故ったらどうするの」


「事故っても……愛せるけど?」


「ばか」


そう言って彼の肩を叩いた。


頬が熱くなるのを隠すために。


あのとき――愛は、確かにそこにあった。


言葉も、仕草も、視線も、全部、愛だった。




――でも

その後、世界は色を失った。


街灯の灯りも、春風の優しさも、明日への期待も――あの日から、すべて消えた。


時間が止まったように感じていた。


だから私は、人を救う職業に就いた。


人を助け続ければ、いつか、誰かが――

彼を救ってくれると、信じていた。



だけど………違った。


“誰か任せ”の想いじゃ、誰も彼を救ってくれなかった。


だから私は、決めた。


“誰か”ではなく、“私が守る”。


その決意と引き換えに、彼のそばを離れた。

ただそばにいるだけじゃ、守れない未来があると知ったから。



私はカメラを手にした。


シャッターを切るたび、彼の“今”を閉じ込める。


そうすれば、離れていても彼を感じられると思った。



写真の中でなら、彼はずっと笑ってくれる。


悲しい時も、苦しい時も、その笑顔がそばにある。


これさえあれば、彼と離れるこれからの人生にも彩りを与えてくれるだろう。


そう信じて、私は夏休みの間、ずっと彼を撮っていた。




――そんな時、涼香に夏祭りに誘われた。


正直、行きたくなかった。


あの場所には、思い出が多すぎたから。

心が溢れてしまいそうで、怖かった。


でも、断れなかった。


心のどこかで、また彼に会えるかもしれないと――期待してしまった。


神様は、そんな私の未練を見透かすかのように、静かに運命を動かした。


風鈴の音が、夜風に揺れる。

夕焼けの名残が、少しずつ紺に染まりゆく頃。



「おーい、柊ー!」


隣を歩いていた涼香が、突然、彼の名前を呼ぶ。


人混みの先で、彼の姿が目に入った瞬間、

私の胸の奥で、止まっていた時間が――音を立てて、動き始めた。


会いたくなかった。

でも――ずっと、会いたかった。


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