わたあめの甘い記憶
「寧々見て!!」
その声が愛おしくて――私はつい、聞こえてないふりをしてしまう。
「寧々!!」
怒りもせず、何度も私の視線を探してくる彼の姿を、
私は何度も、何度も、夢の中で見た。
――それは、夏祭りの夜だった。
二人で過ごした、初めての夏祭り。
西の空には、まだ朱が残っていて、
人混みの喧騒に混じって、虫の声が遠くから聞こえていた。
浴衣で屋台を歩き回り、花火が上がるまで、ずっと手を繋いでいた。
熱を帯びた手のひらが、少し汗ばんでいて――それすら、愛おしかった。
彼はかっこつけたくて、射的でぬいぐるみを取ろうとしてた。
でも何も取れなくて、何回も何回も挑戦していた。
その一生懸命な姿が、可愛くてたまらなかった。
「クソッ……絶対あれ重り入ってるよ」
「え~当たってもないのに、重さ分かるんだ?」
「うるさいなぁーー。 あっあれは!寧々!」
「ん~なに~ ………あ、わたあめだ」
綿あめを見ている寧々の目を見て、自然と寧々の分まで購入して渡す。
「はい、これ。さっきのぬいぐるみ取ってたら、両手塞がって持てなかったし………わざと取らなかったよ」
「はいはい、そういうことにしておくね。 ……ありがとっ」
甘さと照れが滲む、ありふれた会話。
でもその一言一言に、確かな愛が詰まっていた。
この人は、世界のほとんどを私にくれる――。
パシャ。
「えっ??」
突然のシャッター音。
暗がりの中、フラッシュが弾けて目を輝かせる。
「ごめんごめん。わたあめ持ってる美女、撮らないと損かなって」
ヘラヘラ笑いながら、画面を見つめるその横顔。
それはまるで、宝物を手にした子どもみたいだった。
「撮るときは言ってよね。事故ったらどうするの」
「事故っても……愛せるけど?」
「ばか」
そう言って彼の肩を叩いた。
頬が熱くなるのを隠すために。
あのとき――愛は、確かにそこにあった。
言葉も、仕草も、視線も、全部、愛だった。
――でも
その後、世界は色を失った。
街灯の灯りも、春風の優しさも、明日への期待も――あの日から、すべて消えた。
時間が止まったように感じていた。
だから私は、人を救う職業に就いた。
人を助け続ければ、いつか、誰かが――
彼を救ってくれると、信じていた。
だけど………違った。
“誰か任せ”の想いじゃ、誰も彼を救ってくれなかった。
だから私は、決めた。
“誰か”ではなく、“私が守る”。
その決意と引き換えに、彼のそばを離れた。
ただそばにいるだけじゃ、守れない未来があると知ったから。
私はカメラを手にした。
シャッターを切るたび、彼の“今”を閉じ込める。
そうすれば、離れていても彼を感じられると思った。
写真の中でなら、彼はずっと笑ってくれる。
悲しい時も、苦しい時も、その笑顔がそばにある。
これさえあれば、彼と離れるこれからの人生にも彩りを与えてくれるだろう。
そう信じて、私は夏休みの間、ずっと彼を撮っていた。
――そんな時、涼香に夏祭りに誘われた。
正直、行きたくなかった。
あの場所には、思い出が多すぎたから。
心が溢れてしまいそうで、怖かった。
でも、断れなかった。
心のどこかで、また彼に会えるかもしれないと――期待してしまった。
神様は、そんな私の未練を見透かすかのように、静かに運命を動かした。
風鈴の音が、夜風に揺れる。
夕焼けの名残が、少しずつ紺に染まりゆく頃。
「おーい、柊ー!」
隣を歩いていた涼香が、突然、彼の名前を呼ぶ。
人混みの先で、彼の姿が目に入った瞬間、
私の胸の奥で、止まっていた時間が――音を立てて、動き始めた。
会いたくなかった。
でも――ずっと、会いたかった。




