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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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30/80

そのフレームの先には


「くっそ、あっちいな……」


炎天下の部室で、制服の上を乱暴に脱ぎ捨てながら柊がうめく。


「あ~雨降んねーかな~」


先に到着し、すでに練習着に着替えていたランは、ベンチにもたれたまま、だらりと腕を垂らして天井を仰ぐ。

その目は完全にやる気を失っていた。


「来週の練習試合って、この学校?」


「そうだー。しかも、結構強いとこらしーぞー」


口数も少なく、ダラけたテンポでの会話。


それも無理はない。

肌を刺すような日差しと、気温と湿度の暴力。そんな中でこれからサッカーをするというのだ。


「どうなってもしらないぞ」と部活動生全員が自棄気味に登校してきた。


だが――


ひとたび練習が始まれば、熱気に火がついたかのように、皆スイッチが入る。


誰もが負けるのが嫌いだった。


汗を飛ばしながら走る。叫ぶ。蹴る。


「好きなことに本気になれる」って、こういうことだ。


今しかない瞬間を逃さないように、命削って楽しむ。


――

「だぁーーーーー死ぬーーーー!」


休憩中、グラウンドの隅で叫び声が上がる。


蛇口のぬるい水を浴びる者。


日陰で地面に寝転ぶ者。


みんなそれぞれの方法で、必死に体を冷やしていた。


そんな中。


体育館と校舎をつなぐ通路の陰、ほんの一等地の涼しさの中、ランはひとり、息を整えていた。


ふと横目に視線をやると――


物陰からグラウンドを覗き込む、ひとつの影があった。


風に揺れる、黒髪のポニーテール。


陽射しに透ける白い首筋。


その目は、柊たちの練習していた場所を、じっと見つめていた。



「……なに、してんの。橘さん…」


「え……、あ、えっと…。 今日も暑いね!!」


汗ばんだ額。首元。


その様子から察するに、けっこうな時間、ここにいたらしい。


「暑いね…。 ところで、そのカメラは?」


彼女の首からぶら下がっていたのは、黒くて立派な一眼レフだった。


「えっ? えーっと、空でも撮ろうかなって。いい天気だし」


「ふーん、空の写真ね。だったらさ、屋上とかのほうが見晴らし良いんじゃない?」


そう言いつつ、先ほどの視線の先を思い出して、内心くすりと笑う。


彼女の目が向いていたのは――間違いなく、柊だった。



「そ、そうね…。 屋上に行こうかしら!」


「ま、この学校の屋上、入れないけどね」


「……あなたって人は……」


バツの悪そうな顔をしながら、橘はため息をついた。


けれど、その表情にはどこか、恥ずかしさを隠す甘い匂いがした。


まるで、誰かに気持ちを悟られた中学生のようだった。


「ほんとに、未来から来たの?

 屋上入れないじゃん、この学校」


根本的な事に気づかない橘に、未来から来たのか不安になるラン。


「うるさいわね……。少し焦っただけだわ」


「ていうか、早く部活戻りなさいよ」


「そうだね。戻らないと。

 てか、来週、ここで練習試合だからみな来なよ」


「ええ、予定表に書いてあったわね。

 空いていたら行くわ」


「めっちゃ把握してるし、見に行く気満々じゃん……」


「う、うるさい!!」


「ま、柊は16番だから、しっかりと見ておきなよ」


ランは意味ありげな笑みを浮かべて、軽く手を振りながらグラウンドへ戻っていった。


「知ってるわよ!!」


その背中に向かって、橘は精いっぱいの声を投げる。


その声は、グラウンドの熱風にかき消されながらも、どこか嬉しそうに響いていた。


これから待ち受けている夏の季節。


先に夏の匂いが感じられるような話が続きます。


暑い夏は嫌ですが、少しでも良かったと思えるような夏を。

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