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最強で無敵なあの時代


「一つ君たちに問おう」



高校三年生。中だるみしてきた国語の授業で、先生がふいに問いかけた。



「今から過去に戻れるとしたら、あなたはいつの自分に戻りたい?」



「今が最強だから、過去なんてどうでもいいっしょ」



――俺は、なんの迷いもなくそう言い放った。



……思い出すだけで顔から火が出るくらい恥ずい、恥ずかしすぎる。

30人近いクラスメイトの前で、堂々とドヤ顔で言ってのけた自分。いや、マジでなに言ってんだ。



「できないことは、できるようになるまでやることが、“できないこと”だ」


そんな迷言を信じて、怖いもの知らずだったから、あんな発言ができたんだろう。



今なら、なんて答えるかな……。





そうだな。「高校時代」かな。




ありきたりな答え?まあ、大人なんてそんなもんさ。



俺の人生は、高校を卒業し、大学へ進み、夢を追って努力して、それでも届かず、才能の限界を思い知らされた。


好きだった女の子にはストーカー扱いされてたし。



――これが人生ってやつだよ。ほんと、ひどいもんだ。



俺は自分の才能の限界を知ったのが他の人より遅かった。


だから、傍若無人で俺TUEEEE系だと信じて疑わなかった高校時代に戻って、やり直したい。




できるなら……人生で一番好きだったあの子の人生が欲しい。


一緒に歩きたかった。



そんな夢物語でもいい。もう一度、チャンスがあるなら。



……そう願いながら、ぼんやりと過去を思い返していた。




「これが、走馬灯か」なんて思いながら、静かに目を閉じた。





――

「ちょ柊~!チャリ漕ぐの早いって~!」


気づいたら、自転車に乗っていた。


後ろの坂の下から、聞き覚えのある、だけど記憶より幼い声が俺を呼ぶ。




「おいおい……意味が分かんねぇ。夢か?そうだな夢だな」



あの頭痛で死んだのか?


……いや、そんなわけない。


てか、死んだってなに?


そんな呆気ないの?




……よし諦めた。


さっきまで味わったことのない頭痛をしていたためか脳がショートした。




とりあえず深呼吸だ。


スーーーハーーーーーーーー


「……なにしてんの?」


スーーーーハーーーーーーーーーー


「ちょ、怖いって。緊張してんの?合格発表に」


スーーーーハーーーーーーーーーーーー


「おけ、おいてくわ」


「ごめん、あなたのお名前を教えてくれ。」


「…………おけ、おいてくわ」



状況把握のために丁寧に聞いたつもりが、全力で引かれた。


ムズカシイネ、ワカイコハ。




「よし、だいたい理解した。お前はラン。今は高校の合格発表に向かってるところ、ってわけだな」


「え……うん。だけど、まじでどうしたの。勉強漬けで頭おかしくなった?」


「まあ、頭はおかしい。実際頭おかしくないと理性が保てない状況だ」


「…………もういいや、とりあえず向かおうぜ、結果を他の人から聞くより自分でみたいし」




柊のことを会話の通じない宇宙人に見えてきているのか、そう逃げるように言って、また自転車をこぎだす。 



俺はというと、身体の軽さにいちいち感動していた。


「坂がつらくない」と思う日が来るとは。腕も焼けてるし、制服のボタンも外れてるし――


そんな俺を見て、あまり知り合いと思われたくなさそうに、一歩前を行くラン。


そうして、奇妙な二人組は校門へたどり着き、記憶の通り別々に合格発表を見に行った。




結果は知ってる。


だから地獄だった受験期にもう一度戻らなくてよかったと、どこか気楽な気持ちでいた。


人混みを抜けて、一人になった俺はベンチに腰を下ろし、静かに考え始めた。





――俺は、あのとき死んだのか? あの公園で、頭痛で? ……弱すぎじゃね?


俺、YOEEEEE系だったの……?




考えれば考えるほど、悲しくて不安になる。


ここは死後の世界? それとも、都合のいい走馬灯か?


そんなふうに沈んでいる俺をよそに、世界は動き続ける。





「きゃーー合格!!」 

「嘘だろ…………落ちたのか……」



いろんな声が耳に飛び込み、我に返る。


一応確認するか……と掲示板に目を向けた瞬間だった。




――忘れていた。




あの子のことを。


死ぬ間際でさえ思い出していた、運命の人のことを。




桜の花吹雪が、舞い上がった髪をそっと撫でていく。


視界いっぱいに広がるのは、淡いピンクと若葉の緑、そして無機質な白い掲示板。


記憶の中の春が、そこにあった。


まるで、再生されるかのように。




またしても。


――またしても、俺は惹かれてしまった。



二十年前と、同じ人に。





アインシュタインは相対性理論について、簡単にいうとこう述べた。



「一秒や一メートルの長さは、立場や状況によって変わる」



国語の先生は、この話に続けてこう言った。



「好きな人との一時間と、授業中の一時間。どちらも同じ六十分。でも体感はまるで違う」



「なんでかわかるか?」



「――好きだから、もっと一緒にいたい。好きだから、時間を惜しむ」



「時間は、欲しがれば欲しがるほど、早く過ぎ去る」



そう語ったあと、先生は真面目な顔して言った。



「だから、私を愛してくれ」



当時は、”きもいな”くらいに思ってた。


だが、大人になってわかるようになった。




昔の友達と飲み会に行けば、部活の話。


「あの時のお前はやばかった」など、あの頃の武勇伝ばかり。



君の親父にも聞いてみてくれ。


友達と飲んだ時どんな話をするのって。



それは、時間の密度が一番濃かった時代だからだ。


大人になると時間が一瞬で過ぎるのは、そういうことなんだ。



……とまあ、こんな話を思い出してるのは、俺がどれだけ惹かれているかってこと。



あの濃密な時間を、一緒に過ごしたあの人に。




――

「おーい柊! 合格したかー?」



その声で、俺は久しぶりに顔を上げた。


久しぶりに、この世界に“戻ってきた”。



そして――



「俺、この高校で、あの子と結婚するわ。今度こそ」



十数分ぶりに発した言葉は、震えていた。


でも確かに力強くて、昔の自分を脱ぎ捨てるような響きだった。




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