人を救うのは愛か、それとも、覚悟か。
「 ……柊のために、だよね? 」
「 違うっ 」
「違うって……橘さん。
じゃあ、なんで泣いているんだよ」
ランの問いは、優しくて、鋭かった。
その一言が、緩んでいた涙の蛇口を壊した。
もう、止まらない。
「やめて…もう、やめて………私は……」
寧々の声が震え、喉の奥から押し出されるように言葉が絞り出される。
「 …………私は!!! 」
「 守愛を、救いたいの……………… 」
その声は小さくて、それでも誰よりも強かった。
まるで、ひとつの世界を否定するような、絶望の色をした瞳だった。
「………そうなんだね、橘さん」
ランは俯いた寧々の横顔を見つめながら、静かに頷いた。
「……柊のために、悪者になろうとしてることまでは、なんとなく分かってた。
でも――そこまでの理由までは、正直、想像できなかった」
「……もしよかったら、教えてくれない?」
そう尋ねたランに、寧々はかすかに首を横に振る。
「信じてもらえない。誰にも、分かってもらえないの。
私は……この世界で、柊守愛の“悪者”になって、あの人を救うの」
「私とさえ関わらなければ、大丈夫なの。だから……もう、それ以上は聞かないで……お願い」
その言葉に、ランは確信する。
この子は――本気で、自分を犠牲にするつもりだ。
彼女が背負っているものは、俺の想像よりずっと、ずっと深い。
それでも――
「あのさ、あまり舐めないでほしい」
「え………………?」
目の前の男が、なぜか怒りを滲ませている。その目に、揺るぎない意志があった。
「……もし、もしだよ。本当に“柊を嫌う”ことで、あいつが救われるっていうのが正しいんだとしたら……
じゃあ、“橘さんを救う人”は、誰なんだよ?」
「柊にとって、橘さんって、たぶんもう……自分の考えすら捨てられるくらい――とてつもなく、大きな存在なんだよ」
「そんな橘さんが、自分のために“悪者”になってたって知ったらさ――」
「……あいつ、きっと、世界を壊すくらいの勢いで暴れて……その何倍もデカい“悪者”になっちゃうんだよ」
「そして、きっと最後にこう言う」
「“この世界の悪者は、俺だ”って」
「橘さんを悪者にしないために、全部、自分が背負うって言うんだよ。あいつ、そういう奴なんだよ」
静かな、でも抑えきれない熱がその声に宿っていた。
それは、誰よりも近くで柊を見てきた“親友”だからこそ出せる、確信と叫びだった。
そして、ランはそっと頭を下げる。
「……だから、お願いだ。
あいつを”悪者”になんかしないで。代わりに、物語の”ヒロイン”になってくれ」
「柊を、そこから救ってくれ………」
その姿に、寧々の目からまた涙が溢れる。
この世界で唯一、自分の意志を超えてくる存在。
それが、柊の親友――この少年だった。
「ありがとう……。私のために、そんなふうに言ってくれて。……やっぱり、優しいんだね、君は」
「でも……」
「それでも、私は……この物語の“ヒロイン”にはなれない。
……なっちゃいけないの。ごめんなさい……本当に、ごめん……」
「……なんで?」
ランの問いは、ただまっすぐだった。
だが――ここから語られる真実は、彼の想像のはるか彼方にあった。
寧々は、そっと唇を噛み締め、涙の中で、つぶやくように告げた。
「 ――私は、未来から来たの 」
「 ………………は? 」
寧々の声が、静かに夜空を裂く。
「……私が辿った未来ではね。
守愛の一目惚れから始まった、両思いの物語は”終わった”のよ」
「 柊守愛が死んで 」




