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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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26/80

人を救うのは愛か、それとも、覚悟か。


「     ……柊のために、だよね?     」




「 違うっ 」


「違うって……橘さん。  

 じゃあ、なんで泣いているんだよ」


ランの問いは、優しくて、鋭かった。


その一言が、緩んでいた涙の蛇口を壊した。

もう、止まらない。


「やめて…もう、やめて………私は……」


寧々の声が震え、喉の奥から押し出されるように言葉が絞り出される。


「   …………私は!!!  」


「   守愛を、救いたいの………………  」



その声は小さくて、それでも誰よりも強かった。


まるで、ひとつの世界を否定するような、絶望の色をした瞳だった。



「………そうなんだね、橘さん」


ランは俯いた寧々の横顔を見つめながら、静かに頷いた。


「……柊のために、悪者になろうとしてることまでは、なんとなく分かってた。

 でも――そこまでの理由までは、正直、想像できなかった」


「……もしよかったら、教えてくれない?」


そう尋ねたランに、寧々はかすかに首を横に振る。


「信じてもらえない。誰にも、分かってもらえないの。

 私は……この世界で、柊守愛の“悪者”になって、あの人を救うの」


「私とさえ関わらなければ、大丈夫なの。だから……もう、それ以上は聞かないで……お願い」



その言葉に、ランは確信する。

この子は――本気で、自分を犠牲にするつもりだ。


彼女が背負っているものは、俺の想像よりずっと、ずっと深い。


それでも――


「あのさ、あまり舐めないでほしい」


「え………………?」



目の前の男が、なぜか怒りを滲ませている。その目に、揺るぎない意志があった。


「……もし、もしだよ。本当に“柊を嫌う”ことで、あいつが救われるっていうのが正しいんだとしたら……

 じゃあ、“橘さんを救う人”は、誰なんだよ?」


「柊にとって、橘さんって、たぶんもう……自分の考えすら捨てられるくらい――とてつもなく、大きな存在なんだよ」


「そんな橘さんが、自分のために“悪者”になってたって知ったらさ――」


「……あいつ、きっと、世界を壊すくらいの勢いで暴れて……その何倍もデカい“悪者”になっちゃうんだよ」


「そして、きっと最後にこう言う」



「“この世界の悪者は、俺だ”って」



「橘さんを悪者にしないために、全部、自分が背負うって言うんだよ。あいつ、そういう奴なんだよ」


静かな、でも抑えきれない熱がその声に宿っていた。

それは、誰よりも近くで柊を見てきた“親友”だからこそ出せる、確信と叫びだった。


そして、ランはそっと頭を下げる。


「……だから、お願いだ。

 あいつを”悪者”になんかしないで。代わりに、物語の”ヒロイン”になってくれ」


「柊を、そこから救ってくれ………」


その姿に、寧々の目からまた涙が溢れる。

この世界で唯一、自分の意志を超えてくる存在。

それが、柊の親友――この少年だった。


「ありがとう……。私のために、そんなふうに言ってくれて。……やっぱり、優しいんだね、君は」


「でも……」


「それでも、私は……この物語の“ヒロイン”にはなれない。

 ……なっちゃいけないの。ごめんなさい……本当に、ごめん……」


「……なんで?」


ランの問いは、ただまっすぐだった。


だが――ここから語られる真実は、彼の想像のはるか彼方にあった。


寧々は、そっと唇を噛み締め、涙の中で、つぶやくように告げた。



「   ――私は、未来から来たの    」



「 ………………は? 」


寧々の声が、静かに夜空を裂く。


「……私が辿った未来ではね。

 守愛の一目惚れから始まった、両思いの物語は”終わった”のよ」




「       ()()()()()()()    」




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