表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/80

一人にはしない


広場では、水鉄砲祭りと花火大会が始まりつつあった。

夜の帳の下、笑い声と水しぶきが交差し、夜空にはかすかな火の粉が舞いはじめている。


そのとき、涼香のスマホに一件の通知が入った。柊からの「ありがとう」のメッセージ。


──「水鉄砲と寧々を展望台に連れてく私に何かおごってね!」


涼香はそう返して、約束の場所へと向かった。


「お待たせ!!」


「早かったね、それじゃいこっか」


「うん!」


展望台へ向かうには、体育館脇の階段を上り、別館に移動する必要がある。

そこから、螺旋階段を登った先に、小さな展望スペースがあった。

まるで秘密基地のように狭いその場所は、しかし一周すれば、広場と施設全体を見渡すことができた。


そこには、ひとつだけ設置された望遠鏡があり、星や遠くの景色を覗くことができる。



「ねえ、寧々の初恋って、いつだった?」



目的地へと歩く間、ふとした思いつきで涼香が尋ねた。

涼香はまだ恋を知らず、幼なじみ同士でも恋愛の話はあまりしたことがなかった。


「急だね」と寧々は笑った。


「そうだなぁ……初恋か。今の私は、まだ恋をしたことない……かな」


「“今”って?」


言い回しに違和感を覚えた涼香は、素直に疑問をぶつける。


「誰か気になる人がいて、これから好きになる……とか?」


「これから先も、たぶん――いないと思う」


笑みの奥で、目だけが冷たく細められた。

突き放すようなその表情に、涼香はなおさら気になってしまい、問いを続けた。


「お風呂で言ってた、高校生が子どもっぽいって。それで恋ができないの?」


「そうだよ。私は理想が高くて、高校生にはいないかなーって思ってる」


「寧々が好きになる人って、どんな人?」


んーっと私の好きな人って確かにどんな人だろう、と考えてしまった。



「    ……私を、おいていかない人かな   」



小さくこぼれた独白。

その一言は、まるで心の奥に鍵をかけた記憶が、うっかりこぼれ落ちたみたいだった。




「おいていかない?」


疑問を募らせる涼香に、寧々は笑って取り繕う。


「ごめんね、変な言い方して。 私とずっと一緒にいてくれる人ってこと。

 さ、着いたよ!」


話はうやむやにされ、涼香もそれ以上問い返すことができなかった。


「すごいね!!一望できるじゃん!!!!」


展望台から見える景色に、涼香は歓声を上げた。


一方、寧々は望遠鏡を覗いて、黙々と星を見ていた。静かに、けれど真剣な表情で。


退屈になった涼香は展望台を一周し、遠くの広場に目をやる。すると、光が弾けるような風景が目に飛び込んできた。


「ね、ねねね!! なんかすごい光ってるよあそこ!!」


「ん?後でもいい?」


望遠鏡に夢中の寧々は、そっけなく返す。


「ちょっと! 見てくれないならスズ見たいから代わって!」


「もう……どこ……え? 」


目の前に広がるのは、煌めく火花。


夜空を彩る打ち上げ花火、そして水鉄砲で笑い合う生徒たちの姿。


その光景を見た途端、寧々の中の「時」が音もなく止まった。


世界は、まるで水の中に沈んだように、静かに、緩やかに遠ざかっていく。


呼吸すら、うまくできない。

この世界の空気が、自分のものではないと感じた。


火の粉が、空に咲いては、ふわりと消えていく。


その一粒一粒が、過去の記憶を掬い上げる。

柔らかくて、温かくて、でもどうしても手が届かない。


遠くで誰かが笑っている。


それが、かつての自分の笑い声に聞こえた。

あの日、あの夜、あなたの隣で笑っていた自分の、幻のような記憶。



――私は、もう、あそこにはいられない。



焼けるように胸が痛いのに、泣けなかった。



「なに!なに!何だった!!」


さっきから興奮している涼香に代わることにした。


「ええええええええ、花火してんじゃん!!水鉄砲も!!」


「めちゃめちゃたのしそうじゃん!!寧々行こうよ!!」

 

「      ……私はいかない     」


その言葉で、空気が凍りつくのがわかった。


涼香が偶然見つけた光景。それが意図的ではないことは分かる。


でも行くわけにはいかない──守愛の思惑通りになってしまう気がするから。


「なんで、そこまでして、行こうとしないの?」


涼香の言葉は、疑問というより、苦しみに寄り添うものだった。


「私は、ああいうのが嫌いなの。花火だって、先生に許可を取ってないと思う」


「真面目にしてる人が、損をするみたいで、嫌い」


それは、言い訳のように聞こえた。 


言い聞かせているようにも聞こえた。


「寧々は、本当に花火を否定してる?違うよね」


「柊が関係してるからじゃないの?柊のこと、そんなに嫌い?

 性格?行動?どこが嫌いなの?」


「そう、全部……全部、嫌いなの」


その言葉に、涼香は涙を浮かべた。


「嘘つかないでよ……親友でしょ、私たち」


「嘘じゃない!!……だから、もうその人の話、しないで!!」


「なんで……そんなに辛そうなのに」


その涙が、熱くなりすぎた空気を静かに冷ました。


「寧々が辛いなら、私も辛い」


その言葉に、寧々の瞳からも自然と涙がこぼれた。


未来から来た自分。親友と距離を取り、孤独を選んだ寧々の胸に、それは鋭く刺さった。


「……違うの。涼香は悪くない

 でも、私は本当に──柊守愛とは関わらない」



そのときだった。



「ごめんね、俺も混ざてくれる、その話」



展望台のドアが軋んで開く。


「「え?」」


二人同時に振り向く。


「関わらないようにするって、”無関心を貫く”ってこと?」


開口一番、橘寧々に話しかける夏木歩。


「……そうよ、あなたが言ったのよ―― 一番嫌われる方法を」


「そうだね。俺が言ったよ。 そうすることで、橘さんが救われると思ってたからね。

 でも、それは俺が間違えてた。だから、共犯者にはなれない」


「なんで…あなたが言ったことじゃない。悪役になるって」


ランが一歩踏み込む。月光が背中を縁取る。


「  だって、橘さんは”悪役”じゃなくて――ヒロインでしょ?  」


言葉を失う寧々。


「ね、ね、スズなんにもわかんないんだけど………」


「涼香さん、ごめん。急に現れて。

 でも、約束するよ。俺が橘さんを広場に連れていく。」


「だから、先に広場で楽しんでおいてほしい」


とびっきり優しい笑顔で言われた涼香は、もしかしたら自分はこの会話に必要がないのかもしれない、と気づいた。


「わ、分かった。でもでも、寧々に怖いことは言わないでね!!」


こんな時にまで、親友の事を気遣える目の前の女の子にびっくりしたが、力強く頷きながら、


「分かった。安心して」


その顔を見た涼香は、「先言ってるね」と寧々に言ってから展望台から出ていった。


涼香が去ったあと、寧々はそっとつぶやいた。


「助かるわ。私、あなたと話したら、何を言ってしまうか分からない」


「じゃ、単刀直入に言わしてもらうね」


「橘さんは、柊に嫌われたいんだよね」


「ええ、嫌われたいのよ」


「ちがうよね。柊に嫌われたいんじゃなくて………」




夏木歩はこの物語の本幹に、第三者でたどり着くことができない部分に、足を踏み入れようとしている。




「     ”柊守愛に嫌われている橘寧々”でいたいんだよね    」


「          しかも、それは――    」


夏木歩の言葉は、まるで鍵のかかった扉をノックする音だった。

寧々がずっと誰にも明かさなかった願い。

それは、愛の裏側にある——祈りのような嘘だった。


「        ()()()()()()()()()()      」

   


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ