夏木 歩の名推理
夏木歩は、昔からモテた。
爽やかなイケメンに加え、男子にも女子にも嫌味なく接することができる。
さりげない気遣い、計算され尽くした立ち居振る舞い──。
いわゆる「完璧なモテ男」。
だが、その仮面の下を知る者は少ない。
女子に囲まれて育った次男として、女性に幻想を抱かず、逆に恐れすら抱くようになった。
「本音を言えば、泣かせてしまう」
その過去のトラウマは、ランの言葉をいつしか棘に変えた。
誰にも気づかれぬよう、内心で毒を吐き、誰の期待にも応える。
そんな日々に慣れていた──
──あの男と出会うまでは。
「柊 守愛」
破壊神のように、周囲の価値観を破壊し、自分の信じる世界へ引き込んでいく男。
誰にも自分を曲げない、そんな意志の強さに、その心の光に――ランは、憧れをもってしまった。
それは、中学二年生のある日。
忘れ物を取りに戻った教室の前で、ランは偶然、ある場面を目撃する。
柊の当時の彼女――スクールカースト最上位の女子が、クラスの女子を吊し上げるように責め立てていたのだ。
「てか、○○って柊に色目使ってる?」
その場面は、まるで演劇のようだった。
歪な空気、張り詰めた緊張。誰かが息をするだけで壊れてしまいそうな時間。
「まっじか、嫌な場面に出くわした………」
部活動にも行きたいので、早く会話が終わんねーかなとバレないように隠れることにした。
「え?、し、してないよ!するわけないじゃん!」
「するわけないってなに? 喧嘩売ってんの?」
「い、いやそういうことが言いたいんじゃなくて、、」
「柊がトップカーストなのは、彼女の私がトップだから。
そこに三軍のあんたが入ってこれるわけないじゃん」
やいやいと金魚の糞二匹も続いて罵声を浴びせる。
「そーだよ、あんたみたいなのがはなしかけたりすんなよ柊に」
「ワンちゃん狙ってんの?」
普段見せない裏の汚い一面を見している中、息を殺し、心を閉ざしていたランに唐突に話しかけた者がいた。
「なにしてんの、お前」
「え?あ、ちょっと入れなくて……」
まさかの当事者、柊が俺の肩を唐突に叩いたため、声が少し裏返ってしまった。
「あ~そういう感じね」
柊は、冷徹な目で教室を見つめた。
「お前もかわいそうだな、彼女の裏側があれで」
つい、本音が出てしまった。
「そーだな。俺の事なめてんな」
「え?」
何故か自分の悪口を言われているかのようなキレ方をしている柊に驚いてしまった。
ガラガラッーー
教室を勢いよく開ける柊。
絶句してしまった。
「入るんだ、この状況で………」
もう心の声が出っぱなしだ。
「あ!柊!! 聞いてよ!!」
先ほどと異なる甘い口調になる話すその女は、一緒にこの女子生徒をいじめようと言わんばかりに柊にまとわりつく。
「もうしゃべんな」
見向きもせずに振りほどく柊。
「「え?」」
「俺がお前のおかげで、スクールカーストが上がってると思ってんの?」
「い、いやそういうことじゃ……」
「でも私と付き合ってるから皆から見られるのは間違いないじゃん!」
「俺の評価をお前がすんな」
「俺の行動原理は全て、俺がしたいことだ。そこにお前の意志はない」
──ズン、と心に響いた。
光に触れたような感覚。
自分の正義に、真っ向から向き合う姿勢に、ランは圧倒された。
「ごめんな、こんなやつにそんなきついこと言われて。またなんか言われたら教えてくれ」
「え?あ、ありがとう……」
「な、なんでそんな奴に優しくするの!?」
「あーお前もう興味ないから話しかけないでくれ」
そう言い放ち、柊はランの分の荷物まで持ってきてくれた。
「ほい」
「あ、ありがとう荷物。
てか、お前すごいな。嫌われんの、怖くないのか?」
「怖くねーよ、自分の意見を他人に決められたって言われる方が、よっぽど怖いだろ」
「……そういうもんか。おもしろいな柊は」
その背中を見た時、ランは思ったのだ。
――ああ、こいつは、光だ。
その日から、柊はランの中で特別な存在になった。
だが今、柊は少し違って見える。
迷い、ためらい、時に弱さを見せる。
少しカマをかけたら、簡単に長を引き受けたり。
好きな子に嫌われたと知って、腰が引けたり。
かと思えば、眩しいほどの光を放つときもある。
「そうか。最近のあいつは”人間”ぽいんだ」
過去の記憶の中で輝いていた柊の姿は、今の彼とは違う。
けれど、その違いが、むしろ彼をより魅力的に見せている。
「いろんな顔を見してくれるなぁ柊は。
やっぱおもしれーな」
この後の自由行動の時間もある程度何するか予想ができる。
ただし行動は予想できるが、いまいち狙いが分からない。
橘寧々を惚れさせるために隠し玉をしているみたいだけど、
「楽しんでほしい」――
その言葉に引っかかる。
「柊は自分に惚れてほしいんじゃなく、惚れた女に楽しい思い出を残したいんだな」
その考えが、彼の行動の根底にあるとしたら――
「……じゃあ、橘はなんで、そこまでして柊から離れたいんだ?」
「橘からは憎悪や嫌悪感を感じない。逆に自分に対して憎悪の矢印が向いている気がする」
「自己否定か…?」
「柊が嫌いなんじゃない。柊と関わる“自分”が嫌いなのか……?」
思考が深まるにつれ、浮かんでくる違和感が止まらない。
「柊のキャンプファイヤーを止めたい理由は自分自身を嫌ってほしいから……?」
「親友にも柊自体の悪口ではなく、柊の案を否定し続けていたことが結果的に作戦ミスにつながった」
「柊と俺の仲が悪くなることをひどく嫌がっていた」
「むしろ自分が消えることで仲を取りとめようとしていた」
「 橘 寧々は、柊の為に、自分を嫌ってほしいのではないか? 」
一つの答えにたどり着いてしまった。
もしこれが答えなら、高校一年生が抱えていい闇ではないと思う。
女の子が抱えていい闇の重さではない。
「困ったな……柊の味方もしづらいな」
ぶつぶつと独り言を温泉に入りながらしていたため、のぼせてしまった。
湯船から出た後も、湯気の残る脱衣所で、ランの思考は宙をさまよう。
――寧々の影は、どこか儚く、消えそうで、
その姿を思い浮かべるたびに、胸の奥がしんと痛んだ。
「とりあえず、展望台は俺も行くか」




