歩みは止めれない
「寧々! ごはんの後の自由時間、何してる?」
ドライヤーの音に紛れて、隣で髪を乾かしている涼香が声をかける。
「んー?自由時間?」
「そうそう! 一緒にいようよ!!」
「特に予定はないからいいよ。 どっちかの部屋?」
「やった! ううん、広場はどう?」
寧々が一瞬だけ、目を伏せる。ほんのわずかな間だったけれど、それはたしかに“ためらい”だった。
「広場か……それは人が多そうだし、やめとこうかな」
その声音に、どこか“諦め”のようなものが混じっているのを、涼香は聞き逃さなかった。
だからこそ、次の手を切る。
「じゃあさ、展望台! 体育館の上にあるらしいの。星がきれいなんだって!」
「星……」
その一言に、寧々の目がふっと輝いた。けれど、その輝きもすぐに隠される。
「それはすごくいいね。行きたい」
“星が好き”――そんな寧々の一面、聞いたことがない。
それでも自然と了承を得られたのは、柊が教えてくれた“誘導テクニック”が功を奏したからだろう。
(あれほんとに効くんだ……てか、寧々が星好きって知ってた柊、ちょっときもいかも)
「やった決定ね! じゃご飯を食べたら部屋の前で集合しよ!」
食堂は、もうすぐ喧騒の波から落ち着きを取り戻す頃。
ご飯を食べ終えた生徒たちはそれぞれに動き出す。
部屋に戻る者、広場に向かう者、誰かと過ごす時間を選ぶ者。
野外学習最後の夜。この時間は、きっと“最初の思い出”になる。
「若林先生、この後の見回り、予定通りでお願いします」
「了解です。生徒たちが羽目を外さないように見守らないとですね」
生徒たちの思い出を守ると同時に、ルールや規則を学ぶ為にも、先生たちは鬼となり、見守りという名の仕事が待っている。
「あと…見回りの割り当て、少し変更していただけますか? 広場を希望します」
「ん? 別にいいですが、なにか理由でも?」
「私もみなが広場でどう楽しむのか興味がありまして。ついでに、私も混ざれたらラッキーかなって」
「ラッキー狙いで見回りする人初めて見ましたよ……」
苦笑しながらも、その申し出を受け入れてくれた。
「あと、この施設にビニールプールありますよね?
お借りしてもいいですか?」
「プール……?」
”この教師プール入って何するんだ”って顔をされたため、先に訂正をすることにした。
「飲み物でも入れて冷やしておこうかと思いまして。
たくさん数があると嬉しいのですが」
「多分あるかと思うので、後片付けまでしっかりとやっていただけるなら、使って大丈夫ですよ」
「承知しました。ありがとうございます」
その答えに満足しながら、教員はそそくさと準備へ向かった。
口元に浮かぶ笑みを、お辞儀でどうにか隠す。
――
「「この後、広場行くけど柊はすぐ来るのか?」」
「準備があるからちょっと遅れるけど……ご飯食べ終わったら行くよ」
食堂の隅で、井上と石川が声をかける。すでに皿は空になっていた。
「りょーかい。先に楽しんでるわ。あと、お前……わかってるよな?」
「……ああ、わかってる。ちゃんと連れて行くよ」
やっべえ、涼香展望台に行くって言ってたけど、どう連れてこよう………
よし。来なかったら逃げよっ☆彡
――
時間は止まらない。
変わることを恐れ、現状を守ろうとする者。
変わることを望み、自ら動く者。
同じ空の下、それぞれの想いが交錯している。
ある少女は、好きな人に会いたくなくて、わざと距離を取る。
ある少年は、好きな子に笑ってほしくて、必死に近づく。
もとは両想いだった二人は、今、両片想いをしている。
そのことに、気づいている者は――まだ、誰もいない。
――いや、一人だけ、目を細めてその物語を見つめる男がいた。
親友であり、一生のライバル。
常に“面白い方”を選んできた男は、今、静かに天秤を見つめている。
誰の味方をすれば一番面白いか。
誰の敵になれば、自分が一番輝けるか。
あいつらの関係を揺さぶれば、どんな表情を見せてくれるか。
どんな未来が転がり出すか。
そして、自分にとってのヒーローは、現れるのか。
「……俺は、ヒーローになれるのか。
それとも、ダークヒーローを演じるのか」
夜の気配が、静かに深まっていく。




