笑顔の裏側に気づける?
お風呂の時間になり、残すは夜ご飯と自由時間のみになった。
学生の頃は、露天風呂なんて正直「ふーん」くらいだったけど、
大人になると――沁みる。沁みまくる。
ちなみにサウナ付きなら、もう天国。マジで。
仕事帰りにサウナで整って、風呂で景色を楽しみ、美味い飯を食う。
これぞ、“大人のたしなみ”ってやつだ。最近は本気でそう思うようになった。
「あぁ~~いいわ~~~」
「柊君、おじさんみたいだね」
「最高じゃねえか、自然を見ながら友達と温泉。こんな贅沢なこと、あと何回あるか分からねぇぞ?」
「確かにそうだね……。来年は修学旅行があるけど、三年生は、受験だし。一回一回を大事にしなきゃだね」
「……良いこと言うなぁ。そうだよな、一回一回が大事だな」
古谷の素直な言葉に、俺の心も温かくなる。
大人ぶって語りだしたのはこっちなのに、むしろ背筋を正されるような感覚だった。
高校時代ってのは、思ってる以上に一瞬で終わる。
あとから思い返すのは、日々の授業より、体育祭や修学旅行、こういう行事のほうだ。
――俺だけ二度目を生きてるからこそ。
みんなにはちゃんと、記憶に残る野外学習にしてほしい。心からそう思う。
「てか、古谷。あれは順調か?」
「うん!順調だよ。たまたまだけど、班活動も橘さんいたから、近くにいるし」
「それは助かる。寧々だけじゃなく、みんなにとって良い思い出になればいいよな」
「僕が”記録”で、柊君が”記憶”だもんね。
ほんと、ロマンチストだなぁ柊君は」
「ロマンチストな男はかっこいいんだよ。
………古谷、今回の野外学習だけじゃなくて、これからも頼もうと思ってるから腕磨いといてくれ」
「任せて!!」
――男同士の熱い語らいは、のぼせそうになったので、ここらで湯から上がることにした。
同じ頃、女子の露天風呂では別の”熱気”が漂っていた。
「寧々! 見て!!マイナスイオン!!」
「マイナスイオンは”見る”ものじゃないと思うけど………」
目の前に広がる木々たちに興奮した阿保一名がいた。
「マイナスイオンは感じるもんなんだよ!ほら、そこだ!!」
………阿保が、二名だった。
「はなちん、阿保じゃん…」
「いやいや、あんたに言われたくないわっ!!」
そんな掛け合いを聞きながらも、寧々は少し距離を置いて、湯けむり越しに景色を見ていた。
「てか、寧々はなんでアクセサリー作りを選んだの?」
「そうね………。やってみたくなったの。初めてだったし」
涼香の問いに、柔らかな声でそう答えた寧々は、どこか空の上から話しているようだった。
「てっきり一緒に水鉄砲するかと思ってた! ふるやっちとはしゃべった?」
「ふるやっち? 古谷君かな
少し話したよ。部活動も一緒だし」
「ほんと良い子だよね~~」
その時、不意に放たれた一言。
「橘さんって、夏木君のことが気になってるの?」
おそらくにはなるが、橘寧々と篠田華は会話をしたことがない。
それなのに、突っ込んだことを聞けるのは一概に華が頭がおかしいからだろう。
いや。コミュ力お化けなのだろう。
戸惑っていた寧々に、涼香が優しく助け舟を出す。
「いきなりは困るでしょ。寧々、答えたくなかったらいいからね」
「ううん、ありがとう。少し驚いてしまったの」
穏やかに笑う寧々は、どこか仮面を被っているように見えた。
「気になってるか、ね……。信じてもらえるかわからないけど、好きになることはないと思うわ」
「ほう、それはなぜゆえ?」
ぐいぐいくる華に、もう驚くことはない寧々が淡々と答える。
「あの子がどうかではなく……私が、人を好きにならないからね」
「え?人を………好きにならない?」
思ってもみなかった言葉に、華の目が一瞬丸くなる。
それをあざ笑うかのように
「だって、高校生って子供っぽいじゃん?」
そう目を細めて笑顔で言い残し、先に風呂を出ていく寧々。
「お、大人だね………寧々ちゃん」
自然と下の名前で呼んでいることに気づかないほど、その大人びた雰囲気に、華は圧倒されていた。
「これは、柊が好きになる理由もわかるけど、ご愁傷様だね」
「なんで?」
「だってあれ、”同世代はタイプじゃない”って言ってるみたいなもんじゃん」
「んー………あれはそういうこと、なのかなー………?」
涼香の脳裏に、微かな違和感が浮かんだ。
(寧々があの笑顔をする時は、“本心を見せたくない時”なんだよね)
誰よりも寧々をそばで見てきたからこそ、わかる違和感。
「これは……柊のためってわけじゃないけど、自由時間、誘ってあげますか!!
ちょっと、事情聴取も兼ねてね――」
涼香はそう呟いて、湯気の向こうに消えた寧々の背中を見つめた。




