いつか思い出す風
人知れず――
人生で初めて女の子に振られている親友がいるとはつゆ知らず、
ひとりの男は、ただひたすらカレー作りに打ち込んでいた。
「うおおおおおおおおおおお、玉ねぎがあああああああ!!」
「ちょうるさい柊」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一心不乱に玉ねぎを刻む柊を、周囲の生徒たちは若干引いた目を向けていた。
「なんか……わかばちゃんのとこから戻ってきた柊、きもいんだけど」
「”きもい”は言いすぎだけど…うん、なんか変だね」
隣でクラスメイトにディスられていることすら気づかず、柊は先ほどの出来事をぐるぐると反芻していた。
——もし、本当にランが寧々のことを好きになってたら?
そう思うと、今この瞬間にも二人が楽しげにカレーを作ってる気がして、頭から離れない。
そのモヤモヤを振り払うように、ただただ玉ねぎを切り続けていた。
「鬼気迫る玉ねぎ職人」
野球部から、わけのわからないあだ名をつけられていることすら、気付いていない。
「ひ、柊君…… もう玉ねぎはいいよ。具材、ほとんど玉ねぎになっちゃうよ」
「そ、そうか。すまん考え事してた」
「柊~ 寧々、自由時間に呼んであげるから元気だしなって」
「ほ、ほんとか!!」
突然キラキラした目で見てきた柊に、返ってきたのは遠慮のない一言だった。
「ガチきもい」
「そうだよな……別にランじゃなくても涼香がいるじゃん!」
「頼む! 連れてきてくれ」
「別にいいけど、寧々が行きたくないって言ったら無理だよ?」
「それは大丈夫だ。あと、連れ出してほしいのは場所は、広場じゃない」
「え?広場じゃないの?」
「たぶん“広場”って言葉を出すと、来てくれない気がする。だから、できるだけ屋上に近い場所にしてほしい」
——図らずも、柊は親友ランが“寧々を広場に連れていかない”という約束を、自然と避ける行動を取っていた。
「屋上って……そんなのあったっけ?」
「ある。展望室だ。星空も見られるってことで、この施設のウリになってる」
「マジで? そこで『星見よう』って誘うつもり? ロマンチストだねぇ、柊ちゃんは」
「ちげーよ。ただ、そこから広場を見てほしいだけだ」
「……えっ?」
「まあ、行けばわかる。頼んだぞ」
その会話は別に隠すでもなく行われたため、とある”人物たち”の耳にも届いてしまった。
「「おい」」
カレー作りも佳境を迎え、煮込みの時間に入ってゆったりしていたそのとき。
柊は、ヤンキー風の二人に絡まれた。
「なんだよ、石田・井上」
「お前、涼香さんを”広場”に連れ出してくれるんじゃないのか」
「あ…………」
「「おい!!」」
——忘れてた、涼香信者たちの存在を。
寧々を呼べるチャンス、そしてランから遠ざけれる可能性に浮かれて、完全に彼らのことを忘れていた。
「連れ出す、絶対に連れ出す。ただ……ちょっとだけ広場から離れてもらう。でも、絶対戻ってくる。
広場を上から見せれば、すぐ戻るって」
「言ったな? 戻ってこなかったら……わかってるよな?」
——嫌だなあ、野球部の”お仕置き”とか怖いんだけど。
「任せろ。これは男の約束だ」
格好だけでもつけようと、グッと親指を立てて、まだ確定してないことをあたかも確定事項のように言ってみせた。
——そして、みんなでカレーを食べ終え、次の班活動へ。
今度は、それぞれが「やってみたいこと」「学びたいこと」を選ぶ、自由行動の時間だ。
俺が選んだのは、森林伐採。
——ぶっちゃけ、一番地味。クッソ地味だ。
他には、女子と一緒に楽しめる水鉄砲作りとか、森の素材を使ったアクセサリー作りとか、華やかな活動がいっぱいあるのに。
森林伐採だけは、本当に「木を切るだけ」。以上。
男子しかいないし、コミュ力も必要ない。人との関わりを避けたい者たちが自然と集まる場所だ。
その森林伐採をするまでの森に行くまでは、軽トラで行く。
通常はダメだが、荷台に乗せてもらって森の中を走る。その風を感じるのが、唯一の醍醐味である。
俺が森林伐採を選んだ理由は、担当がわかばちゃんだからだ。
最後の計画を実行するには、先生の協力が不可欠になる——そう思ったからだ。
「柊が森林伐採に興味があったとは、驚きだな」
荷台で風を浴びながら、若葉ちゃんが話しかけてきた。
「軽トラの後ろに乗ってみたかった、が理由だね」
「まあ、その理由がほとんどだろう。男子しかいないしな、この班」
「てかさ、わかばちゃん。自由時間の時って先生たち何してるの?」
「見回りだな。危ないところに行っていないか。不純異性交遊してないか、など見回る」
「不純異性交遊って………。俺、広場で他クラス巻き込んで派手なことしようと思ってるんだけど、いい?」
「ほう。面白いな。でも危険性が高いことは、簡単に”いい”とは言えないぞ?」
「だから、わかばちゃんに言ってるんだよ」
「……よくわかってるじゃないか。私が準備しておこう」
「ありがと。やっぱ、いい人だね」
「私はな、高校時代の思い出って、無理してでも作った方がいいと思ってるんだよ。
そのために生まれる危なっかしい部分は、大人が引き受ければいい」
「そして柊たちが大人になったら――今度は、次の世代の子どもたちに、”それ”を返してやれ」
わかばちゃんは、普段ふざけてるし、適当なことばっか言ってる。
でも、肝心なときにはいつだって、生徒の味方でいてくれる。
大人になって気づいた。
自分の子どもでもない誰かのために頭を下げたり、背負う覚悟を持てる大人なんて、そうそういない。
「……やっぱ最強だよ、わかばちゃん。大人になったらさ、一緒に飲みに行こう」
「ふふ、大人になったらな」
風が吹き抜けた。
この、どこか照れくさくて、それでいて優しくて、あたたかい約束。
俺はきっと、この瞬間をずっと忘れない。




