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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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18/80

連戦連勝の男でも振られることはある


ランが立ち去ってからしばらく、柊はその場から動けずにいた。


「ランが………寧々を好きになったってことか?」


「いや、おかしい。だってあいつは……」




柊の思考は堂々巡りを繰り返し、答えの出ない問いに囚われていた。


ランの言葉は、ただの“からかい”なのか――それとも。


けれど、世界は立ち止まらない。無情にも、時間は前へと進んでいく。



――

「橘さん達、お待たせ」


「どこに行っていたの? もうカレー作り始めたわよ」


「ごめんごめん、宣戦布告してた」


「せ、せんせんふこく…?」


「こっちの話。

 さあ俺は何を手伝えばいい?」


「じゃあこの玉ねぎを切って頂戴。

 みんなメイクを崩したくなくて、玉ねぎを切りたがらないのよ」


「何その理由、おもろいなこのグループ」


六人グループのカレー作り、本来なら男女比は釣り合うはずだった。


だが、ここには男子が二人だけ。


一人は加賀見という強面男子で他の男子が近寄らず、もう一人は夏木歩――女子人気抜群の爽やかイケメン。


結果として、女子ばかりの偏ったグループが誕生してしまった。


橘寧々は思惑もあったためランから誘ったのだが…


「夏木君! 玉ねぎ切るの上手~!」

「よくお料理するの??」

「すごい手際~!」


黄色い声援に、心底「クソつまんねえな」と毒づきたくなる衝動を堪えながら、ランは笑顔で対応する。


「おい、作ったら俺んとこ持ってこいよ」


唐突な加賀見の一言に、現場の空気が凍りつく。


「やだよ。働かざる者は食っちゃダメ、って知らなかった?」


思わず毒を吐いたのは、女子たちに苛立っていたせいもある。


「あ? 後から来たくせに偉そうにすんな」


「じゃあお前より早く来た奴は、お前に対して何言ってもいいってことになるな」


「うるせえな、屁理屈をこねるなよ」


「ちょっと、そこまでだよ」


今にも殴りだしそうな顔の加賀見と、へらへらしているラン。


二人の距離がじわりと近づいていく――その間に、橘が割って入った。


「あなた、夏木君が来る前から何もしていないじゃない。

 人に命令する前に自分で動きなさい」


「チッ、うるせぇな……。何すりゃいいんだよ」


女子相手に強く出られない加賀見は、渋々指示を受け入れる。




作業が落ち着き、カレーが煮える間――

ランは、ぽつんと一人でいた橘に声をかけた。


「さっきは止めてくれてありがとう。 

 でもやっぱり危ないから、男子には正論パンチしない方がいいよ」


「ええ………そうよね。 昔、よく言われたわ。

 でも加賀見君は、女の子には強気でいける子じゃないから安心して」


「え?  もうクラスメイトの性格把握してんの? すご」


「ううん、そんな大したことじゃ………」


橘の歯切れの悪さに、ランは微かに違和感を覚える。


「ところで、橘さんは自由時間なにするの?」


「そうね、スズと何かするか、自室の子と遊ぼうと思ってるわ」



()()()()()()()()()()()()()


唐突な“禁止宣言”に一瞬驚いたが、何となく予想はできていた。


「……柊君?」


「そう。さっき、あいつに連れてきてほしいって言われたんだ」


「そ、そう。 なら自室にいることにする。

 教えてくれてありがとう」




「違うね。正解は――俺と一緒にいること」




季節は春。日差しは暖かくなってきたが、風が吹くと肌寒さを感じる。


その風のように、さらりと口説いてくるラン。


その言葉に、なぜか心が動かないことに、橘自身が驚いていた。



「あ、あなたは……何を言っているの?」


戸惑いしかなかった。だって、この人は――


「柊に対して、俺が橘さんを”気になっている”って言ったんだ。

 それに信ぴょう性をもたせるためには、一緒にいる方が自然だろ?」


「柊君に勘違いをさせて、どうするの?」


「簡単に言えば――あいつに“折れてもらう”しかないから」


「……」


「俺が頼んだ“作戦”も、正直あまり効かなかった。

だから今度は、俺が”悪役”になる番だ」


その言葉は、橘の胸に鋭く突き刺さった。

まるで、自分がしてきたことをそのままなぞるようで。


橘には、ランから任された役目があった。


“寧々は柊を嫌っている”――そう涼香に思わせる役目。


無意識に仲間割れを誘導しようとした。


でも、どうしても心がついてこなかった。


涼香のことが心配で、言葉が優しくなってしまった。



だから今、ランがその役割を引き継ごうとしているのだ。



彼は昔から、誰かのために自分を犠牲にできる人だった。


だからこそ――


「やめて。あなたが傷つくの、見たくない」


「俺が? 傷つく?

 別に本当に付き合うわけじゃない」


「ううん。彼とあなたは――ずっと友達でいるべきなの。ずっと一緒にいるべきなの」


――私が、いなくなるから。


言葉にはしない。

けれど、その沈黙には確かな決意と哀しみが宿っていた。



私がいなくなっても、

あの人の隣には、あなたがいてくれたら。

それだけで――救われるから。



どこか遠くを見るような視線で、橘はそう告げた。

まるでそれが、自分の中でとうに決まっていたことだと言わんばかりに、迷いのない声だった。



「……どう? これが“正解”でしょ?」



首をかしげるその仕草は、まるで


“答え合わせを終えた少女”のようで――


けれど同時に、“一人で孤独に夜を歩く女性”のようでもあった。



触れたら消えてしまいそうなほどの儚さと、

それでも触れずにはいられない美しさが、そこにはあった。



俺の心の奥で、何かが小さく震えるのを感じた。



だけど、それに気づいてしまったことは――

彼女には知られたくなかった。



「……そうだね、満点だよ。

 ――流石、橘さん」


そう言った自分の声が、自分のものじゃないみたいに遠く感じた。


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