時に親友の敵になることが、親友の為になる
「よう、久しぶり」
「ああ、久しぶり」
全クラスのバスがキャンプ場に到着し、荷物をペンションに預けてガイダンスを受ける手筈になっていた。
先に着いた一組の生徒たちは、部屋で一時待機となっている。
柊は古谷と、野球部の坊主コンビ――石川と井上と同室だ。
部屋では今日の流れや、どうでもいい話で盛り上がっていた。
「柊、カレー作りってつまり、女子の手作りが食べれるってことで間違いないんだよな?」
阿保な質問である。
「ああ、女子高生の手作りカレーだ。 これを食べに来たと言っても過言ではない」
阿保な回答である。
「柊君…………なにしにきたの………」
ドン引きする古谷をよそに、野球部コンビは満面の笑みで柊と固い握手を交わした。
「で、推しは誰だ?石川と井上」
「「涼香さん」」
「………うっわきっしょ」
思わず漏れた心の声。
「気色ないわ。普段一緒にいられる柊とは違くて、俺らには女神に見えるんだぞ」
「あんな気さくで話しかけてくれる女の子。そして俺らの違いも分かってくれてる。」
「「まじ女神」」
「これは流石にきもいね」
珍しく辛辣な言葉を口にする古谷に、柊は思わず笑ってしまった。
「今日の夜広場に涼香来るからお前らも来いよ」
「行くに決まってんだろ。私服涼香さん見るチャンスだ」
「きもいなぁ…………。 ま、そろそろ時間だし行くか」
青春ど真ん中の男子トークは尽きなかったが、時間は待ってくれない。
彼らは談笑しながら集合場所へと向かう。
「ワクワクするね、柊君!!」
一年生が集まると、野外学習が本格的に始まった感じがして目を輝かせている古谷に対して、「こいつ可愛いな」など思ってしまった。
「そうだな。俺は早くカレー食べたいけどな」
「ひ、柊君?」
違うワクワクをしている隣のおじさんを見て、じりじり距離を取られた。
開始の儀では、キャンプ地の責任者や先生から諸注意を聞き、それぞれクラスごとに調理場所へ向かう。
「古谷、わかばちゃんのとこ行ってくるから、先作っててくれ」
そう言い残し、柊は“ある人物”との待ち合わせへ向かった。
──そして、冒頭の場面に戻る。
「それでラン。返事を聞かせてくれ。
俺の仲間になる……それで間違いないか?」
今朝、俺がランに送ったメールには――
「自由時間、寧々を連れてきてほしい。俺はキャンプファイヤーをやる」
たったそれだけを書いた。
それに対する返信は、「この時間、この場所で会おう」だった。
もし完全に拒絶していたなら、無視して終わっていたはずだ。
だが、ランは返信した。
俺が“キャンプファイヤーをやる”と宣言したのを、面白いと思ったのなら――間違いなく来る。
そう読んでいた。そして、的中した。
「――連れていくことが、本当に正解なのか?」
ランの声は、どこか試すようで、含みがある。
「……どういう意味だ?」
俺の問いに対して、ランは答えない。ただ静かに、鋭く切り返してくる。
「お前が直接誘え。結局、あの時の腑抜けたお前のままなら協力しない」
その一言に、俺は唇を噛んだ。
だが――柊は一歩も退かなかった。
「それでも、たまたま“お前が連れていく”ことに意味がある。
俺は………寧々にこの野外学習を“楽しい記憶”として残したいんだ」
その言葉に、ランの眉が僅かに動く。
「……なるほどな。
お前、橘さんとくっつくためにやってるんじゃなくて、”彼女の為に”やってるのか」
「まあそうだ。なぜかキャンプファイヤーに強い拒否反応を見せる寧々を、このまま帰したくない。
最後くらい、ちゃんと………笑ってほしいんだ」
想像よりも、ずっと真っ直ぐな理由。
それを真正面から口にする柊に、ランは僅かに目を見開く。
……だが、すぐに表情を曇らせた。
「ひとつ、勘違いしてるな。
橘さんにとって、お前と関わることは――悪影響でしかない」
その言葉には、感情が混じっていた。怒りでも嫌悪でもない。
あえて言えば――心配だった。
親友としての心配ではなく、今にも枯れ落ちそうな一人の女の子に対して心配してしまう。
「それでも関係ない」
柊は真っ直ぐな声で応える。
「俺はもう、“しとけばよかった”って後悔するのはやめたんだ。
あのとき、こうしていれば――なんて、死ぬ間際に思いたくないから」
「春一つ、やり直すなら、あの子には笑っていてほしい」
その覚悟の重さに、ランはしばらく口を閉ざす。
そして――低く静かに言った。
「……そうか。なら、なおさらお前が誘え。
誰かに、奪われる前にな」
「……は?」
その一言。
妙な引っかかりを残すような、含みのある声音。
柊が問い返す前に、ランは背を向ける。
「俺も、自由時間に橘さんを誘うつもりだ。
悪いが――お前には譲れない」
言い終えると、ランは一度も振り返らず、静かに立ち去った。
柊は、ただその背中を見つめるしかなかった。
「……ど、どういうことだ」
「ランが……寧々を……好きになった……のか?」
無関心を貫こうとする橘寧々と、
そして、親友に想い人を奪われそうな柊守愛。
これから始まるのは、静かな戦い。
熱く、切実で、不器用な――青春の一幕だ。
「奪われたくない男は、しつこいんだよ。橘さん。
それでもまだ…………無関心でいられる?」




