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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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16/80

二組の野外学習も始まる


時は少し遡る。

一年二組がバスに乗り込む直前——。


「夏木君、クラスみんないたわ」


出席確認は長の仕事である。それを先に終わらせてくれていた橘寧々が、そっと声をかけてくる。


「ありがとう助かる! 担任に報告してくるわ」


「……待って」


「ん?どうした?」


「私は、本当に……キャンプファイヤーを止めた方がいいのかな」


今までは、キャンプファイヤーに嫌悪感を隠そうともしていなかった橘寧々が、今はどこか悲しげな表情を浮かべている。


「急にどうしたの? 止めることに罪悪感でも出てきた?」


()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()


静かな衝撃が身体中に走った。


今までずっと、彼女は柊のことを嫌っているんだと思っていた。



でも違った。



橘寧々は——柊に嫌われたがっていた。



それは似て非なる感情。 「嫌い」と「嫌われたい」は違う。


「嫌い」は自分の意思で距離を取るもの。

「嫌われたい」は、相手の感情を操作してでも距離を置かせるもの。



つまりそれは——柊に対して、何らかの“特別な想い”があるということの証拠である。



「そう……なんだね。じゃあ、あいつに嫌われるために、あいつの案を否定してきたんだ」


「うん。否定してくる人間のこと、好きにはならないでしょ?普通は」


「分かってないね、柊の事」

 

俺は肩をすくめ、わざとおどけた調子で言う。


「柊はさ、否定されると余計に燃え上がる男だよ。

 特に、好きな女に否定されたくらいじゃ、止まんない」


「じゃあ……どうすれば、嫌われるの?」


「簡単だよ。 ()()()()。」


「無関心……?」


「そうだな……例えば――名前を覚えない、誕生日を知らない、相手の成績や性格も知らない。 

 とにかく、あなたに興味がないって態度を取り続ける。

 そうすると、相手は『自分はこんなに気にしてるのに』って、じわじわ傷つくんだよ」 


「……確かに、それはかなり……来るわね」


ふむふむと頷く橘に対して、親友から嫌われるためのアドバイスをする奇妙な状況に、少しおかしく思えて、つい饒舌になっていた。


「人ってさ、自然と相手の事を知りたくなる生き物だと思うんだよね。知っていくと、相手の事を気になっていく。それが『恋』と錯覚する」


「無関心を貫くってことは、この循環をぶっ壊すこと」


「これは覚悟をもってしないと、中途半端は見破られるからね」


寧々は一瞬目を伏せ、深く息を吐いた。そして静かに頷く。


「覚悟………。覚悟は、もうしてきたつもりよ」


その目は少し震えていたけど、確かに“決意”が宿っていた。


「良いじゃん。それが出来たら、あなたはめでたく柊に嫌われる」


俺は、軽く拍手してみせた。

わざと悪役めいた笑顔で。


「ありがとう………参考にさせていただくわ」


「じゃ、俺は担任に報告してくるから。先に座ってて」



そう言ってバスに背を向け、ポケットから携帯を取り出す。


元々来ていたメールの返信は、突っぱねるつもりだった。

けれど、今の寧々とのやりとりで、方向を変えようと決めた。


(嫌われたい、か……)


それはつまり、まだ“好かれていたい”証拠だ。


彼女のその想いは、嫌悪じゃない。——好意の、裏返しだ。


「みんな、好きな人ができるのが早いなぁ……」


独り言のように呟きながら、俺はふと笑ってしまう。


まだ恋を知らないくせに、

一番“面白がっている”のは、この俺かもしれない。


——混ぜるな危険。だけど、だからこそ見ていたい。

この青春の行き着く先を。


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