橘寧々の独白
一つ君たちに問おう
「今から過去に戻れるとしたら、あなたはいつの自分に戻りたい?」
高校三年生の時に少し風変わりな国語の先生が、授業中にそう聞いてきた。
当時の私は、曖昧に「わからない」とだけ答えた。
赤ちゃんの頃に戻って、親にたくさん甘えたいとも思ったし、小学生からやり直して、もっと優秀な自分を目指すのも良いと思っていたから。
けれど、大人になった今、はっきりと答えられる。
「高校時代」に戻りたいと。
この言葉を聞いて、高校時代に甘酸っぱい青春を送ったからか?
友達がたくさんいたからか?
――そう思う人もいるだろう。
だが、違う。
「 ……あの人と出会いたくなかった 」
声にもならない言葉で、うつむきながら答えるだろう。
もし、あの人に出会っていなければ。
こんなに悩まずに済んだ。
こんなに苦しまなくてよかった。
人生の選択肢はもっと自由で、広がっていたかもしれない。
そんなことを考えながら、生きていくことすらなかったかもしれない。
それでも。
運命が「出会い」を強制するなら――私はまた同じ道を選んでしまう気がする。
柊守愛という人が、最初は本当に苦手だった。
入学してすぐ、私の連絡先を誰かに聞き、しつこいくらい連絡してくる他クラスの男子。
噂で聞いたが、中学時代はかなりのチャラ男だったらしい。
そんな男からの連絡など、私がいける女だと思われているのではないかと勘繰ってしまう。
――それなのに。
「勉強を教えてくれませんか?」
その一通のメッセージに、私は好奇心に負けた。
あの時の私は、少し自分自身に言い訳をしてあの人に会ってみたくなった。
本当は優しい人かもしれない。
本当は真面目なのかもしれない。
自分の目で確かめてみたい――そう思ってしまった。
実際会ってみて、いろいろな一面が見れた。
勉強はすぐ飽きる。人の写真は無断で撮る。
けれど、櫛をくれた。
家まで送ってくれた。
優しい笑顔で何度もこっちを見てくれた。
私のことを、ずっと大切にしてくれているような気がした。
彼の「優しさ」に触れるたびに、心が温かくほどけていくのを感じた。
気づけば、名前を呼ばれるだけで笑顔になっていた。
気づけば、電話が来るのを待っていた。
気づけば、他の女子と話しているだけで、胸がざわめいた。
私は、彼を──
好きになっていた。
キャンプファイヤーが始まる前から、私の心はもう彼のものになっていた。
「守る」と言ってくれた。
でも、本当は私が守りたかった。
彼のすべてを、抱きしめたかった。
私が、彼の「最後の人」になりたかった。
――けれど。
好きでいてしまったからこそ、結末は変わらなかった。
無駄だった。
意味なんてなかった。
あんな想いをするくらいなら、最初から出会いたくなかった。
けれど、橘寧々と柊守愛は出会ってしまう、そういう運命なのだろう。
それが「人生」なら。
好きになることを、もうやめよう。
好きでいることで彼を壊してしまうなら、嫌うことでしか守れない。
このちっぽけな命を差し出してもいい。
もし、この「やり直し」が、神様がくれた最後のチャンスなら――
私は、心の底からあの人を突き放す。
彼が私を、心底嫌いになるその日まで。
――
野外学習の朝。
目覚めとともに、懐かしい夢の余韻が頬を濡らしていた。
涙をぬぐいながら、私は心に誓った。
「絶対に好きにならない。もう、嫌いになることでしか、あの人を守れない」
戻ってきてしまったあの日から、心は何度も彼を求めていた。
それでも、揺るがない覚悟で立ち向かわないといけない。
好きな人という、世界で一番大切な存在に。
そして、私の最大の「敵」だ。
「覚悟とは、自分の為ではなく他者の為にした時、その真価が問われる」
受験前、若林先生が言ってくれた言葉だ。
「ヒーローは誰かのために戦うから、強いんだぜ」
その言葉が、私を支えている。
だから私は今、好きな人を救うために、覚悟を決めた。
今、思いを別つための野外学習が始まる。
野外学習編に入ります。
ここまで面白いと思ってくれていたら、嬉しいです。




