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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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12/80

動き出したニクラス


6月に行われる野外学習の前に、この進学校にはビックイベント――定期テストが待ち受けていた。


「柊~~やばいよ~………」


朝教室に入るなり、これが「絶望」という顔かと思うほどの表情で涼香が寄ってきた。


「もう5月だよ?来週にはテストだよ?無理だよ~~」


「そうだな。でも1か月分の範囲しかない今回が一番点数を稼ぎやすいんじゃないか?」


「でもでも~~」



俺の机に寄りかかりスライムのようになっている涼香に、古谷がやや驚きつつ声をかけた。


「どこが難しいの? 僕でよかったら教えるよ」


本当古谷ってやつは……


「ふるっち~~!まじ神!!」


「ふるっち………?」


「ふるっち!あのねあのね、国語以外全部!!」


「全部じゃねーか!」


思わず机から滑り落ちそうになるのを堪える。


ちなみに俺はというと――大学受験も真面目に取り組んでいたため、高校1年のテスト範囲なら、ちょっと復習する程度で余裕。


なんなら、この「最初の定期テスト」も、俺は一度すでに受けている。


……ズルみたいなもんだが、困ってる涼香のために古谷と二人でフォローすることにした。



「てか、柊。あのランって子と……喧嘩した?」


「あー少しな。 なんで知ってんだ?」


「最近話してないし、前グランドでつかみ合いしてたし」


……そりゃバレるか。あれだけ派手に胸倉掴まれて、言い合ってたしな。


「まあ、色々あった。けど、いつかは仲直りするさ」


「そっか。柊がいいならそれでいいけど……あ! 今度、園田さんとランチ行くことになった!」


「お、いいじゃん。流石コミュ力モンスター」


「えへへ~。ふるっちって部活なにしてるの?」


話題がコロコロ変わるのも含めて、涼香との会話は本当に気が楽だ。


「写真部。カメラ好きなんだ」


「写真部!かっちょいい~!あ、寧々も入ったって言ってた!時代はカメラか~」



——ゴンッ。



聞き捨てならない名前が出てきて、思わず頬杖してた腕が机にめり込んだ。


「え、なに柊?」


「……今、寧々って言ったか? 橘寧々が、写真部に?」


「う、うん……。そうだけど?」


「なんで入ったとか言っていたか?」


「なんか、“記録と記憶に残したい”って言ってたよ」


「記録と、記憶……?」



その言葉が、胸のどこかを静かに叩いた。小さな鐘のように、じんわりと余韻を残して。


古谷から投げられた意外な情報に、思考が宙に浮く。そのとき——



「ほら!高校生活って人生のレインボータイムじゃん?スター期ってやつ? だから残したいんでしょ!」


……泥船が突っ込んできた。


——このバカ、全く深く考えてねえ。



心の中でツッコみながらも、担任が教室に入ってきたことで、この話題は一時幕を閉じた。




――

「………おかしい、いろいろと」


授業が始まり、クラス中がテスト対策に集中するなか、俺の意識は別のところにあった。



過去と今。交差するはずのない時間の隙間に、確かに“何か”のズレが存在している。


――前回の寧々は、弓道部だった。


背の高い彼女は、静謐な弓道場によく似合っていた。


風を切る弦音と、彼女の横顔。そのすべてが、まるで静かな映画の一場面だった。



それが、今は写真部。


選ぶはずのない選択を、彼女は選んでいる。


それは、まるで運命が、違う方向に軌道修正されたかのような違和感だった。


——鍵は、ここにある。


・なぜ、彼女は弓道部ではなく写真部に?

・なぜ、俺に対して敵意をむき出しにしてくるのか?


俺が記憶を持ったまま戻ってきたことで、世界の歯車が微かにずれた。


まるでバタフライエフェクトのように。


でも、それだけじゃ足りない。足りないんだ。



(まさか……)



ひとつの仮説が、思考の海に浮かび上がる。



「――俺と同じように、寧々も“前回の記憶”を持っているのではないか」



そう考えると、すべてに説明がつく。


俺が「長」に執着してることも、キャンプファイヤーに固執する理由も、彼女には見えているのかもしれない。


けれど——疑問も残る。


なぜ彼女は、あそこまで俺を嫌うのか。


(……いや、もしかして)


前回、俺が振られた理由。そこにヒントがあるのかもしれない。


今の嫌われている理由は、過去の「別れ」に繋がっている。


記憶を持っていると仮定すれば、その理由が今の態度に直結している可能性もある。



けれど、もし寧々が記憶を”持っていない”としたら?


俺の些細な行動の変化が、予期せぬズレとなって彼女に伝わり、感情の動きに影響を与えているだけかもしれない。


(……難しいな)



でも俺の持論がある。


「最初の好感度は低ければ低いほど、逆転した時の破壊力はでかい」


だったら、やるしかない。


この記憶の迷路の先に、どんな答えが待っていようと。


——できることから、ひとつずつ。




俺が迷路を彷徨っている頃、1年2組でも似たような会話が展開されていた。


――

「柊君と喧嘩をしてしまったの?」


最近話していないこと、文化部ではあるが噂で胸倉を掴みあっていたなど聞いたら、二人を知る者なら同じことを思うだろう。


「そうだね、喧嘩をしたよ」


「親友なんでしょ?もしかしてこの前のことが原因?」


「親友さ。 この前のは関係ないよ。いつか仲直りするよ」


偶然にも、二人とも同じセリフを言っていたことは知る由もないが、自分が原因なのではないかと不安な表情をしていた橘に対して、関係ないの1点張りをした。


「ところで、この前の”柊を長から引きずり下ろす同盟”、あれ、正式に組ませてもらうよ」


「え、やっぱり…それが原因なんじゃない」


「違うって。これが元に戻るための最短ルートなんだよ。俺と柊は」


ふざけたような笑顔のランに対して、いささか疑問の表情を隠せないが、自分と同盟を組んでくれるなら喜ばしい。


「そう……じゃあ徹底的にキャンプファイヤーを止めないとね」


「そゆこと。あ、ついでに一つお願いしたいんだけどさ」


「お願い?」


ランが静かに耳打ちする。


「    ――――――――――――。    」



ランの提案に、寧々は思わず目を見開いた。


「…………それ、ちょっと性格が悪いんじゃない?」


「大丈夫。フワッとやればいいんだよ。

 これはね、質よりも量が大事なんだよ」


「量、ね……。私が言い出したことだし、分かったわ。がんばってみる」


「ありがと。じゃ、よろしく頼んだよ」


悪魔のような作戦を囁いてランは立ち去る。


そして、柊を倒すため——いや、本当の“柊”を取り戻すため、動き出した。



——柊守愛と夏木歩、二人が取ろうとしているのは、まったく違うやり方だった。


正攻法で攻める者と、歪な形で攻める者。


果たして、どちらの“作戦”が本物の未来を手繰り寄せるのか——。


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