親友との決別
「嘘だろ…嫌いって…………。今回はまだ、そんなしゃべってもいないのに………」
サッカー部の練習が始まり、ランニングで体を温めていたときだった。
先ほどのこと――橘寧々の思惑が、ランから伝えられた。
俺を“長”から降ろすために、キャンプファイヤーを潰そうとしている。
その目的が「嫌いだから」。それを聞いた瞬間、心臓を直接殴られたような衝撃が走った。
「正直、俺は決めかねてるんだよな。橘さんが言うように、お前一人の案が“学年の案”になるのは、おもしろくない。俺が関わってたら話は別だが……。
でも――友達のことを“嫌い”って言う女に協力する気にもなれねぇ」
「………そうか…………寧々が、俺のことが嫌いなのか」
「聞いてたか? 橘さんはお前の案を、本気でつぶそうとしてるんだぞ。どうすんだよ?」
「……案かよ。そんなの、どうでもいいだろ。問題はそこじゃないんだ」
「おい?」
「……俺が“長”を降りたら、寧々に嫌われなくて済むかもしれない」
「……はあ?」
ランが動いた。
勢いよく俺の胸ぐらを掴み、顔を寄せる。
呆然自失の俺はされるがままだ。
「ふざけんなよ、お前」
「なんだよ…………ラン。」
「お前、女に”嫌い”って言われただけで、自分がしようとしてること辞めようとしてんのか?」
「…………それの何が悪いんだよ」
「は? 曲げんのかよ、自分を! 女の言葉一つで!」
「 ——好きな女だぞ!! 」
柊の声が割れる。怒鳴ったわけでも、叫んだわけでもない。
でも、魂の奥から絞り出されたような声だった。
「俺の知ってる柊守愛は、そんなやつじゃなかった!」
「嫌いを好きに変えられるやつだった!」
「自分のやりたいことを貫いて、相手の心をまるごと動かしちまう、そういうバカだったろ!!」
ランの叫びが、真っすぐ俺の心臓を撃った。
気づけば、グラウンドの真ん中で睨み合っていた。
「それでも…………それでも嫌われたくねぇんだよ。もう…」
ランの手が離れ、俺はそのまま突き飛ばされた。
「……しょーもねぇ男だな、お前」
冷たい声。まるで興味を失ったオモチャを見るようだった。
「しょーもない女に嫌われて、しょーもないお前には、お似合いだわ」
そう吐き捨てて背を向けた、ランの背中に――
「おい……!」
「寧々を……“しょーもない女”って言うな」
「語んなよってお前。まだ出会って数週間だろ? 自惚れんなよ」
確かにまだ出会って数週間だ。
でも、それがなんだっていうんだ。
「 この気持ちに、時間なんて関係ねえんだよ 」
今回とか前回とかどうでもいい。俺は、あの一目惚れから全部賭けてるんだ。
人生、丸ごと賭けるって言ってる男が、時間ごときを気にしてる場合じゃないんだよ。
ランの背中にゾワッと鳥肌が立つ。
ついさっきまで、女々しくて頼りなかった柊は、どこにもいなかった。
瞳には火が灯り、全身から立ち上るような“覚悟”が立ち上がっていた。
こっちを見る柊は、俺の知っている柊だと思った。
「あ?口だけではなんでもいえんだろ。嫌いって言われてすぐ諦めるお前に何が出来んだ」
煽る。
「どうせ”長になるのも俺の意志じゃありませーん”とか思ってんだろ?」
更に煽る。
「そんな意志も熱意も軽いお前が、”気持ち”とか語ってんじゃねーよ!!」
とどめを刺す。
「うるせーな!!」
グランドに響く。
「お前だけは許さない。寧々を馬鹿にするだけじゃなく、俺の気持ちまで踏みにじりやがって」
そして――胸を張って叫んだ。
「やってやるよ!嫌われようが関係ねぇ。俺は”長”をする。つまりだ。
キャンプファイヤーをする!
止めたきゃ止めてみろ!」
空気がピリッと震える。
「嫌われても、最後に好かれたら俺の勝ちだ」
その言葉に、ランの口元がわずかに緩んだ。
ああ――戻ってきた。
俺が倒したいと思っていた“本物の柊”が、ここにいる。
「いいね。 じゃ、俺は橘寧々とチームになって、お前を”長”の座から引きずり降ろすからよろしく」
そう言って、ランは背を向けた。
アップで並んで走っていた俺たちは、バラバラになり、会話もなく、黙々とボールを追い始めた。




