表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

学校の夜のプールでセイレーンに出会ったら

 図書委員の仕事の居残りで、すっかり遅くなった日。


 ララー ラー


 近道しようと、満月に照らされた校庭を横切って歩く途中。どこからとなくそれは聞こえてきた。


「……歌……?」


 声優さんの歌声みたいに美しく耳心地よいそれが、僕の鼓膜をそわりと羽毛で撫でてゆく。


「誰だろ……」


 校庭の隅にあるプールの方から聞こえるようで、僕の足はふらふらと、その方角に(いざな)われていった。

 足元に薄っすらと白い(もや)が漂い出したことを、奇妙には思ったけど、それよりなによりもっとよく聞きたい、そして誰が歌っているか知りたい想いが抑えられなかった。


 ララー ラーララー


  ザザァー ザザァー


 歌声を伴奏するのは波の音。

 この季節は空っぽのはずのプールに、なみなみと水が満ちていて、まるで海のように波打っては溢れ出し、また引いていく音だった。

 白い靄も、水面から発生している。

 そして。


 ララララ ラー


 歌声の主も、そこにいた。

 プールの端に腰掛けた、僕と同世代の少女。

 歌に聞き惚れながら、その姿にも見惚れてしまう。

 アイドルみたいに綺麗な顔立ち、華奢な首から肩の曲線、そして細い腕は青い羽毛に覆われ、肘から先はまるで鳥の翼。


 ゴクリ、僕はつばを飲む。


 月明かりに白い胸元は、長く波打つ銀髪で隠され、腰から下は人魚のように青い鱗で覆われている。 


 神話の本の挿絵とそっくりだった。

 歌声で船乗りを誘い、食い殺す海の魔物セイレーン。


『きっと、満月のせい』


 しばらく聞き惚れていると、歌を止めた彼女は僕に話しかけた。聞いたことのない言語なのに、意味はなぜか解る。


『べつの()につながったのね』


「あの、すごく綺麗な声と、歌で……」

『うれしい。最近は大きな船ばかりで、誰も来ないから』


「……じゃあ、僕を食べるの……?」


 彼女は一瞬きょとんとしてから、首を振る。


「でも、歌を聞いて生き残る人間がいたらきみは」


 死ぬ。そういう存在だと本にあった。


『物知りさんね。それにとっても優しい』


 彼女は、ふわりと微笑む。


『でも平気よ、あれは嘘だから』


 あれは嘘。それも嘘かもしれないと気付いたのは、背にしたプールからばしゃんと不穏に大きい水音がしたとき。

 振り向くとそこには、乾いた長方形の(プール)が無機質にただ在る(・・・・)だけだった。


 あれから次の満月の夜も、その次も、プールは空のまま。夏になって水が張られても、あの海と彼女は現れなかった。


 それでも、もういちど彼女の歌声が聞きたくて、逢いたくて。僕は、今夜もプールを訪れる。













 ラー ラララー


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
現代とファンタジーの融合でエモくて良かった!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ