9:推しを巡る譲れない戦い
朝からそわそわしていたらあっという間に時間が過ぎて気づけば放課後。私は大広間の階段を駆け上がり、中庭へと続く長い廊下にさしかかっていた。
ついに決戦(告白)の日! カイルのことだから来てくれるとは思うけど……き、緊張する!!
深呼吸を繰り返しながら先を急いでいると廊下のど真ん中で行く手を阻むように誰かが立ち塞がっている。影になっててよく見えないけど、あれは……
「どこに行くんですか? ユウナさん」
「シュゼット……」
腕を組んで仁王立ち! といった状態のシュゼット。小柄なキャラだから威圧感と言うよりはちょこんとしててちょっと可愛い。
「これからカイル様と待ち合わせなんですよね」
「え、どうしてそれを……」
言い終わるや否や人が変わったように小生意気な態度になるシュゼット。
「残念だったわね、カイルは来ないわ! だって彼はもう私に夢中なんだもの」
「……え?」
『私に夢中』……あまりの台詞に一瞬フリーズしてしまった。
「ゲームキャラクターのあんたにこんなこと言っても分かんないと思うけど。私、この世界のヒロインなの。私が望めば何でも思い通りになるのよ!」
あー……そんな事を思っていた時期が、ワタシニモアリマシタ。
「まさかカイルが実在する世界にヒロインとして転生出来るなんて……!! 前作からずっとカイル推しだった! 続編だって正規ルートを何度も周回したし、裏ルートも含めスチルも全部集めて追加ファンディスクだって3タイプ全部手に入れたし、中の人のイベントだって全国ついて回って制覇したのよ!!」
推しへの愛を垂れ流すシュゼット。私が本当にゲームキャラクターだったら話の内容は一つも入ってこないだろうけど、あいにく私は転生者。このオタク全開の話も全部理解出来る。そして理解した上で、自分に酔いしれているシュゼットを前に私は全然違うことを考えていた。
いいなぁ、私も続編プレイしたかった。っていうか、ファンディスク? 裏ルートって何? 羨ましすぎるんですけど!!
「そんなカイルも今や私のモノ。ねえ、これ何だか分かる? って言っても分かんないわよね」
鼻につく笑い方をしながらシュゼットが右腕を見せる。左手の指の腹で右の手首に触れると、黒いブレスレットが浮かび上がった。
あれは……私も持っていた裏スキルアイテム。あのブレスレットを使うと自分の好きなタイミングで裏スキルを使うことが出来る、まさにチートアイテムだ。
「このブレスレットを使って、転入初日からカイルに毎日魅了をかけ続けたの。他の奴らは普通の魅力で十分だから、カイルだけにたっぷりとね。直近のアップデートで強化・調整されて裏スキルも前作とは比べものにならない位使いやすくなったし」
指を2本立てて私の方に向けるシュゼット。
「これだけでいいのよ、簡単でしょ。あんたがヒロインの時はゲームシステムも面倒くさかったもんね」
シュゼットの話はまだまだ続く。
「効果はバツグンだったわ! 出会いイベントも完璧、護衛に決まってからカイルはずっと私と一緒にいてくれたし、いつでもあんたより私を優先してくれた。私が危険な目に遭いそうな時はいつも助けてくれるし、毎日あの逞しい腕を独り占め……もう恋人みたいなものよね! さっきだって、行かないで欲しいって私のお願いに彼何て言ったと思う? 「分かったよ愛しいシュゼット。ユウナなんかより君の方が大切だから」って!!」
カイルがそんな言い方をするだろうか、という突っ込みは一旦置いておいて。
「それじゃあ……」
もう裏スキルは解放済みってこと……? と、シリアスルートに持って行きたいのは山々だけど。
その前に。普通に受け入れてたけど、さっきからゲームとか前作とかヒロインとかって……つまり彼女も私やセシリアと同じ転生者ってことだよね? 流石に同じゲーム内で異世界転生多すぎない??
はい、突っ込み終わり。で、シリアスルートに戻って絶望的なことを思い出した。
私が魅了をかけた時、封印具を付けた状態であれだけの効果があったんだから、カイルはきっと魔力を吸収しやすい体質なんだろう。
しかも毎日シュゼットの側にいてそれを浴び続けていたら……もう手遅れかもしれない。正直、自業自得と言われればそれまで。自分のしたことが自分に返ってきている、ただそれだけのことだ。
でも、カイルがシュゼットを好きになるのは絶対に嫌だった。
「あとはあんたがカイルの目の前をうろちょろしなくなれば完璧なのよ。最終的には学園から追い出したいけど、とりあえずカイルの視界から消えて貰うわ」
自分の世界に旅立っていたシュゼットが戻ってきたと思ったら、敵意むき出しの目で睨まれる。でもヒロイン補正か可愛く見えてしまう謎。
「前作のヒロインの癖に目障りなのよ! 今のヒロインは私! カイルと結ばれるのは私なんだから!!」
シュゼットが凄い勢いで突っ込んできた。もしかして私をこの階段から落とそうと!? と身構え……ってシュゼット転けたー!!!
私を突き飛ばそうとして手前で躓いたシュゼットがそのまま階段に向かってダイブした。ここでも来るのか? ドジっ子設定!?
「きゃああああああっ!」
「――――――ッ、ああもう!」
思わずシュゼットの前に出て廊下側へ弾き返した。ら、当然自分が落ちるわけで……
もう私のバカ! お人好し!! ついでにカイルのばかああああ!!!
ドサッ
あれ? 痛く……ない。
「おまえなぁ、階段から降ってくるとかどんなサプライズだよ」
「……ッ、カイル!?」
階段を転がり落ちるはずの体はカイルに抱きとめられていた。
「え、何で――」
「何でカイルがここにいるの!?」
私より先にシュゼットの大声が響き渡った。
「さっき私が戻ってくるまで宮殿で待ってるって言ったじゃない!」
「は、そんなこと言ったか?」
ん?? 二人の会話に食い違いが……
「怪我はないか、ユウナ」
「う、うん。大丈夫」
「ちょ、ちょっと! 私のカイルに触らないで!!」
今私に触ってるのはカイルの方では……と思ったけど頭に血が上っているシュゼットには通じない。
「ていうか、まずその行動自体がおかしいのよ! 裏スキルだってちゃんと機能してるのに……何なの、システムエラー? キャラがバグってんの!?」
最初は私とカイルに向かって、途中から自分に対してぎゃんぎゃん吠えているシュゼット。
「誰だあいつ、別人か?」
「一応本人だけど……色々事情がありまして」
「事情って何だよ」
「ちょっと中の人が荒ぶっているというか」
「は?」
私がカイルに不毛な説明をしている間も吠え続けるシュゼット。
「そもそも魅了されてるんだから私しか目に入らない筈でしょう! カイルは私に夢中なんだから!! 今だってユウナと私だったら助けるのは当然私! 何でユウナなのよ!?」
私を腕に抱いたまま、カイルがしれっと言った。
「俺、正気だけど」
「「はあ!!!!!?」」
思わずシュゼットとハモってしまう。正気ってどういうこと??
「何かくすぐったい感じはしてたけどな。あの時みたいに精神握られたり操られる感覚は全くなかった」
それって……
どうやら私の魅了で耐性が出来たらしい。それがバリアとなってシュゼットのスキルを受け付けなかった、と。
「え? 前作より強化されてるんだから私の魔力の方が強い筈なのに何で……どうしてユウナの魅了で耐性が出来てんの??」
混乱しているシュゼット。納得いかない! とばかりにカイルに詰め寄る。
「で、でもユウナより私を優先してくれたじゃない! いつもシュゼットって優しく名前を呼んでくれたし、デートだって何回もしたでしょ!? 来週から恋愛イベントだって目白押しで……」
「まあ護衛だからな。ていうか俺、メインズ嬢の名前呼んだことないけど」
「…………え、そんな筈は」
確かに。最初に名乗り合ってはいたけれど、カイルがシュゼットを名前で呼んでいるのを見たことがない。むしろ名字呼びも今日初めて聞いたかも?
もしかしてゲームをプレイした時のイベントシーンと現実がごっちゃになってたとか……? うーん、まあ……気持ちは分かる。
「じゃあ、最近シュゼットと一緒にいたのって」
「殿下からの密命で動向を探ってたんだよ。何かあればすぐ拘束出来るようにな」
聖なる乙女と同等の力を持つ少女。力の解明のため学園に招いたというのは半分本当、もう半分は大国の脅威となり得る危険分子を囲い込んで泳がせる意図があったという。
あ、セシリアの歯切れが悪かったのはそういうことか!
「あー、もう全部シナリオと違いすぎて何が起こってるんだか全然分かんない!!」
「とりあえず警備隊が来たら拘束して、殿下に報告だな」
「待って、あんまり大事にしないであげて」
「は? 危ない目に遭った癖に何言ってんだよ。お前階段から落ちてきたんだぞ! それにさっきから聞いてるとあることないこと……いや、9割ないな。こいつ虚言癖もありそうだし」
階段の件は自分の所為なんだけど……
「いや、そうだけど。でも推しが目の前にいたらそれだけで萌えというか、今までのスチルと重ねちゃうというか。バーチャル体験みたいな感じでイベントと現実がミックスされても仕方ないと思うの! 私もそうなる自信あるし!!」
「お前さっきから何の話を」
私の言葉に反応したシュゼットが「もしかしてあんたも?」という顔をした。
無言で頷く私。
その途端、すっかり戦意喪失したシュゼットがその場に崩れ落ちた。
「そんなぁ……今作のヒロインは私なのに」
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