6 吸血中毒!
次の日、土曜日。
岬浦康介氏殺人事件はニュースになっていた。
ブラッティーギャングという吸血鬼の一派の仕業だと言われている。
涼子は朝早くから事情聴取をされた。その後、何もする気が起きず、ケータイでネットサーフィンをしていると、ローカから電話がかかってきた。
(ローカも吸血鬼なんだ。身の振り方を気をつけよう)
『もしもし、涼子、これから、俺の家で血を飲むんだけど、来てくれん?』
『あんたさ、あたしのことがどうなってるか知らないのか?』
『知ってるけど? 皆でスイカを食べようよ』
ローカは明るく振る舞っている。
涼子は呆れて根負けした。
『わかった、何処で集合?』
『いつも帰り道で分かれるT字路で』
『あたしの今いるホテルからだと30分はかかりそうだ』
『じゃあ30分後に集合でね』
『うん』
涼子は電話を切ると赤石を探した。
ホテルのロビーでおじさんと雑談している、赤石の姿を認めた。
「赤石」
「どうなされました? お嬢様」
「p市のある所に行きたいんだけど」
「お供させていただきます」
「車で送ってくれると助かるのだけれど」
「はい、承知いたしました」
涼子は着替えたり、ワックスで髪をセットしたりして身繕いをした。
グレーのノアという車両に乗って、目的地に急いだ。
赤石が先にエンジンをつけていてくれたおかげで車内は涼しい。
曲は"猫のワルツ”が流れている。
「帰りは電話をかけるね」
涼子は前を見る。世界は晴れ間が広がっている。
「承知いたしました」
35分後に停車した。
「ローカ、しありちゃん遅れてごめん。結構待ったか?」
「全然大丈夫ですよ。ね? 先輩」
「遅いよ。ほっぺた、つつかせろ」
サスペンダーのついたワイシャツを着ているローカは涼子の左頬をつついた。
「行きましょう」
「ああ、もう、やめい! ローカの家ってここから近いのか?」
涼子は頬をつついてくるローカの手をはらった。
「思いの外近いよ」と言っている間に一軒のアパートの前に止まった。
「ここの2階、俺の部屋!」
淡々と階段を上がるローカ。
涼子としありは見合わせると、涼子が先に上がっていった。
部屋が涼しい。
涼子はワンルームの家は少し、いや、かなり、手狭に感じた。テーブルとベッドに本で場所は少し乱雑だった。
「じゃあ、何処から噛もうかな?」
「もう、早いな」
「うち、首にほくろがあるんです。コンプレックスだったけど吸血鬼に噛まれてもばれる心配がないですよね♪」
しありは首元を見せる。確かに2つのほくろが元々吸血鬼に噛まれたようにあった。
ローカはそのしありの首筋に噛みついた。
「あはっ、ああっ」
しありの頸静脈からゴクリゴクリとローカは静かに血液を接種してる。
隣で異様な光景に立ち尽くす涼子。
(なんだか血が美味しそうに見える。なんだろう、もどかしい)
「ああ、う」
官能的に喘ぐしありはローカの肩に手を置く。
ローカはチュッとキスをして、血が流れるのを止めたようだ。
「ご馳走様」
「はあーふー、美味しかったですか?」
「うん♪ スイカ以外にもルイボスティーとレバニラ炒めがあるから、貧血に気をつけてな!」
ローカは元気がある。チャージ満タンだ。冷蔵庫から冷えたルイボスティーとスイカ、レバニラ炒めを出してしありに箸を渡した。
「あり、ありがとうごじゃいます」
赤面しているしありはスイカとレバニラ炒めを食べて、ルイボスティーでごくごく飲み干していく。
「うんじゃねえよ」
「それにしても、背が低くならないね」
ローカは首をひねる。
「うーん」
169センチだったはずのしありはローカと涼子を見下ろしている。
「ご馳走様です!」
「むしろ、大きくなってね?」
涼子はしありを上目遣いで見つめる。
「あ、はい、わかりました、将太先輩にちゅーされたから171センチになったようですね。その後、ローカ先輩に」
「はいはい、わかったわかった。これからは噛みついて飲みたかったけど、仕方ない、舐めることにするよ」
ローカはキスした頃の事を隠そうと話題を変える。
「うち、バイトがあるので失礼します」
しありは腕時計を見て早々に帰っていった。
「これで一週間、血を飲まなくても大丈夫だから、また電話するねー」
「気をつけてな!」
涼子とローカはしありに手を降った。
「体液で身長が変わるのか」
「うん、何か飲む?」
「うんじゃねえよ。ローカ、あたし、お母さんに吸血鬼ハンターになること宣言したぞ」
「へえーそれでなんだって?」
ローカは冷蔵庫から、ウーロン茶を2杯のコップに注ぎ入れる。
「頑張ってって! ところで、なんでローカは願い石で自分の吸血中毒を治さないんだ?」
「……治したら血の匂いで吸血鬼を追えなくなるから。血の匂いがしーちゃんからしてたのを気になっていたから将太を普通の人間にすることができた」
「ふうん。それで武楽器だっけ? あれは何の為にあるの?」
「群を抜いている悪徳な吸血鬼を殺すためだよ。殺人や未遂をした者などをしゃれこうべにするんだ。いつでも緊急時に備えておかなくてはならない。それでも、吸血鬼ハンターになりたい?」
「あたしは家族を殺した吸血鬼を捕まえてブタ箱に放り込み、一生出さないでもらいたい。死ぬよりも辛い目に合わせたい」
「そうかい。吸血鬼ハンターになるには楽器を弾けることと血の契約を交わすことだよ」
ローカはウーロン茶を飲みながらのんびり喋った。そして、スイカをかじる。
涼子も真似てスイカをかじりつく。
「血の契約って?」
「俺にはよくわからないけど、俺生まれたときから吸血鬼ハンターとして育ってきたから。試験内容なら、去年監督を務めたからわかるよ。海で、船の上で演奏をするんだ」
「曲目は? なんて曲なんだ?」
「その年によって違うけど、アンサンブルの組ごとによってかわっていて、例えばA組ニコロ・パガニーニとフランツ・リストの”ラ・カンパネラ“、B組久石譲の”海の見える街“、C組クロード・ドビュッシーの”月の光“だったかな、D組がフレデリック・ショパンの”エチュードOP.10‐3“別れの曲で有名な曲だね。そのくらいかな。去年は」
「その今年の吸血鬼ハンターの試験はいつなんだ?」
「9月3日だったかな」
「会場は?」
「リコヨーテだよ。その前に曲を決めるための集まりがあるんだ。そこで武楽器の一部をもらい、自分が何組になるか決める。その仮試験は7月1日から8月10日だったような」
「すぐ終わんじゃん! 仮試験はどこなんだ?」
涼子はローカと目を合わせた。
(なんだろう、ドキドキする)
「リコヨーテにある音楽魔法学校のところだね」
「あのさ、リコヨーテってどんなところなんだ?」
「言ったはずだけど、音楽で溢れた世界なんだ。住人は獣人というか半月が多くを占めている。半月はね、月影になってしまう魔法曲を、薬のお陰で、人間と変わらない姿にとどめていられる。一度飲んだらほぼ一生月影化して人を襲うことはない。特に大きな身体の月影の姿の半月は飲むことを強いられている。半月の血は音楽の力で金貨にしたり、怪我を治癒したりできる」
「へえー」
「ちゃんと聞いてたか? 吸血鬼ハンター試験を終えたら、お前は俺を殺せる力がつくんだよ!」
ローカは左手で涼子の顎から頬を鷲掴みする。
「聞いてる、聞いてる。でも、殺さないがな」
涼子は両手でローカの左手を掴んでほどいた。
「今リコヨーテは知る人ぞ知る方法で入ることができる。俺が居てよかったな。1人じゃたどり着けないからね。まあとにかく、一見は百聞にしかず。リコヨーテに行ってみよう」
「あんまり遅くなると、なんか言われるんだが」
「行って帰ってくるだけだから、仮試験も1時間で終わる」
「距離的に無理なんじゃないか? 確か東京湾のすぐ側って聞いてるぜ?」
「ううん、あー、まあ、すぐ帰すからついてくるだけついてきなよ」
ローカはテーブルの上に残された皿を流しに置くと、涼子に目線を送った。
「外に行くんだな、じゃあ先に」
涼子はどきまぎしてドアに手をかけた。
「行こう、こっちだよ」
ローカが少し引き気味な涼子の手をひいて、住宅街を歩いていく。
涼子が連れてこられたのは……。
(公園?)
至って普通の公園だった。子供たちの姿もある。
涼子の手はローカに握られていない。
(このような人気のある場所に何の用だろうか?)
「ここから入るんだ」
「土管?」
反対側が大樹に塞がれていて、倒れている土管があった。その円筒物は成人の人1人が背を低くすれば入れるほどの大きさだ。見た目は灰色で特におかしな点はない。
「リコヨーテには皆、道を作って行く。常套手段で行けないんだ」
「ここをくぐれば本当に行けるのか?」
涼子は有名な配管工の兄弟のゲームを思い出す。スターをとったり、お姫様を救ったりする某ゲームだ。
「んね、俺が一曲奏でるから、土管の外の色が緑色になったら入ってくれん?」
「うーん、わかった」
「ウォレスト、さあ、中に入って」
またあのビオラが現れた。
涼子は言われた通りに土管の中に入った。
壁がコンクリートなのだろうか、暑い。
♪
ビオラの演奏が土管越しに聴こえてきた。
涼子は四つん這いで進んでいく。
「何だっけな? この曲」
外が緑色になった。
涼子は恐れおののきながら飛び込んだ。鼓動が大きくなる。
「うわあああ」
涼子は下に落ちていく。
(このまま永遠に落ちるのではないか)
ドン!
砂利の上に不時着した。
背中痛いし、暑い。
涼子は周りを見渡した。
大きな灯台、絶壁、草原に囲まれた村、大きな街。
涼子はローカの言っていた言葉を反芻する。