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48 2人での練習!

砂時計の砂が落ちきって時間を知らせた。もう一度逆さにする。


「ボクは邪魔になるので出ていきますね。2人共頑張ってくださいね」


ケシーはそう言い残すと速やかに出ていった。


「じゃあ、”Moanin’”弾くぞ、おいで、きららちゃん」

「連弾ですか? あまり自信ないけど頑張ります」


きららは椅子を持って移動した。



きららの演奏は綿密に行うスケジュールのように1音1音が重い。まるでクラシックのようそのものだ。

涼子の方は軽やかに時にはアドリブを入れて弾く。コード弾きをしている。

2人の息はたいしてあっていないが、それでも楽しかった。


「ごめんなさい、涼子さん、私、お荷物ですよね」


急に演奏をやめたきららの目は、うるうると涙をためている。


「そんな事ないぞ……、大丈夫か?」

「ママに怒られちゃう」

「あ、怒りなんてしないから落ち着いてくれ。楽譜通り弾くのがクラシックピアノで、コードなどの情報だけで弾くのが自由と言われるのがジャズピアノだよ。きっと出来るようになる。安心していいからな」


涼子はバラの柄のハンカチを渡した。


「ありがとうございます」


涙をハンカチで拭くと、いつものキラキラしたきららに戻った。


「あたしも弾けなくて困ってるんだ、誰かジャズやっている人いないか?」

「美味かったじゃないですか? それじゃ今度、休みの日に2人でジャズ喫茶に行きませんか?」

「そうだな、いいかもしれないな」

「約束ですよ、このハンカチは洗って返します」

「おう! あと、曲に強弱をつけるとジャズっぽく聞こえるぞ」

「そうですか。わかりました」

「ただ音の強弱をつければジャズっぽく聞こえますが、それはジャズとは言えません。オルタードスケール、オーギュメントスケール、ディミニッシュスケールを覚えてください。ネットで調べれば分かります。あと課題曲じゃなくてもいいので耳を慣らしてください」


宇宙人のような触覚の先の、玉が光っているカチューシャをつけた、絵空が般若のように怒声を浴びせる。


「何しに来たんだよ、絵空」

「飲み物です」


絵空はお茶のペットボトルを持ってきた。


「絵空さん、帰りにケシーもドライブしながら、送り届けてもらってもいいですか」

「どうぞ」

「やった!」

「それでは練習をお続けください」


とげとげしい”練習”という言葉に思いがこもっている。


「なんだかサボっているかのような言い方だったな」

「気にしないで練習しましょう?」


きららは、ケータイにオルタードスケール、オーギュメントスケール、ディミニッシュスケールとメモをとっていた。


時間はすぐに経ち、絵空がノックして部屋に入ってきた。

2人を見がてら、譜面を渡した。

それはMoanin’と書かれたリードシートだった。1ページ目は数字や記号が音符のついた五線譜の上に書かれていて、2枚目の途中からは五線譜のある白紙だ。4小節ずつ記されている。


「途中までリードシート作りましたが、練習にならないので後は自分たちで書いてください」、とのことだった。

「主旋律とコードだけが書いてあるな。1つの小節に1つのコードがついていれば4拍、2つついていれば2拍ずつということだったよな。ジャズの大事なことはスイングすればいいんだ」


涼子はブツブツと独り言を言っていた。


「お時間です」


絵空は小さく切り出すと、ドアを開けた。ケシーの姿が見える。


「ケシー! これからドライブしよ?」

「いいんですか?」

「うん、許可はとったから」


「また来週来ますね!」

「おう、待っているよ!」


涼子は、庭先まで見送った。


「おい、赤石、ジャズとクラシックってこんなにも違うんだな、ジャズに申し訳ないよ。浸った感じで弾いていたぞ3年前は」


涼子はアフロを被った赤石に話しかける。


「いえいえ、私も真剣に習った時はそのような感じでしたよ。ドゥーダドゥーダがわかってからは楽になりましたが」


赤石は小さくそうこぼして、苦笑する。


「あたしは風呂入ってくるぞ」

「どうぞどうぞ、疲れを癒やしてください。絵空にはピアノの練習をしていたことにしますね」

「そうしてくれ。ゆっくり浸かるからな。たなたんにも根回ししといてくれ」

「承知しました」


夜は更けていく。

涼子は24時、ちょうど絵空が帰ってきた車の音で目覚めた。起きてすぐ、ピアノが弾きたかったので防音室へ。コードの転回の練習をしていると、絵空がドアを開けた。


「あっ、ちゃんとしてる」

「寝起きに、1曲弾いてみたくなっただけだよ」


涼子は”my funny valentine”を弾く。

いい出来とは言えない。テンポやタッチミスもある。


「お嬢様、練習なさっていて偉いです」

「あんたもピアノ弾けるだろ、ちょっと弾いてみろよ」

「では」


”朝日のようにさわやかに”

”Softly As In A Morning Sunrise”

”モダン・ジャズ・カルテット”の曲だ。ラジカセで流れているよりも激しく、音楽に魅入られている涼子の心に響いた。

こめかみの髪をかきあげて平然を装う涼子。

曲は余韻を残して終わってしまった。


「もうやめてしまうのか?」

「今日は遅いので。また明日、指導します。ところで、お嬢様方、ジャズライブに行くのですね?」

「あーそういう話だったな」

「行かないでください」

「え?」

「ジャズピアノを弾けるようになるまではまだ行かないでください」

「なんでだよ? 本物のジャズに触れるいいチャンスだぞ?」

「まだ早いです」

「まだ早いのか。いつならいいんだよ?」

「俺が判断します」

「うーん、わかったよ」

「きららさんにも話しておきました。了承は得たので。……前にトランスクライブでメモした楽譜とリードシートを2つ使って演奏してみてください」

「もうやってるよ。今日はもう寝よう」


涼子はピアノに布をかけて、蓋を閉めた。


「おやすみ」

「おやすみなさいませ」


絵空も電気を消して、部屋から出ていった。




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